首相の靖国参拝にイチャモンをつける国に対して、それは文化
の違いだからという理屈を前面に押し出そうとする人たちがい
る。テレビに出てくる武村健一氏がその代表であろうか。結構
いるようだ。
どうも危なっかしい気がする。まず文化の問題を出すまでもな
く、戦没者の追悼儀礼は他国の容喙を許さない厳粛な行為であ
ると相手の非礼を指摘するだけで十分であろう。文化が違うか
ら認めてくれとお願いするが如きアプローチは誤解を招きやす
くまた逆効果ではないかと心配である。鼻でせせら笑われるだ
けではないか。
神道というのは、あまり厳密な神学体系のない宗教(あるいは
習俗)であって、色々な考えを内包しているようだ(専門家で
はないから詳しくないが)。辛気臭い神学論争をやると迷路に入
り込むような気がする。死ねば皆神様になるという考えも別に
神道固有の考えではないようだ。
以下は宗教学の専門家ではない素人の理解であるので間違って
いればご教示をいただきたいが、仏教では宗祖つまり仏陀の考え
は人間の本性は皆仏であるというのではなかったか。もっといえば、
ゴキブリも豚も万物すべて同じという考えだろう。
親鸞の言葉だったか、「善人なおもて往生す、いわんや悪人お
や」かな、これも皆仏様になるわけだろう。一方では古代インド
の習俗の影響であろう、仏教には地獄、極楽という区別(迷信)
もある。
神道には死ねば皆神様になると言う明示的な経典はないと思っ
た。古来神道には悪霊鎮魂という考えがあり、悪霊のたたりを
取り静めるために祀るということがひろく行われている(いわ
ゆる菅原道真の天神さまなど)。矛盾した考えであるが、二元論
的なものも混じっているように思う。とにかく教義がはっきり
しないということが神道のいいところの一つなのであまり辛気
臭い議論はしないほうがいい。東条英機の霊などは悪霊鎮魂の
神社を作ると言う考え方もある。シナ、半島の狂気はあきらか
に悪霊に取り付かれているようにみえる。
死ねばみな神様というのは、A級戦犯も他の御霊もみな神様に
なっているというのが日本の「文化」だという理屈なのだが、
この点(世に言うA級戦犯の合祀問題)は東京裁判の問題性
(違法性)と、いずれにしても国内的にはA級戦犯という問
題はないという、なんというか法理論的なJUSTIFIC
ATIONだけで対外的な説明は十分ではなかろうか。
勿論当時の戦争指導者の自国民に対する敗戦責任という問題は
悪意ある外国の騒音を排除して冷静にかつ厳粛に追及されるべ
きだろう。まだ片付いているとはいえない。
正直いってわたしも良く分からないのであるが、文化まで持ち
出して、悪意を持っている国に縷々弁明する必要があるのかと
いう疑問である。