東方のあけぼの

政治、経済、外交、社会現象に付いての観察

東条英機と安達二十三中将

2005-08-09 22:19:05 | 東条英機
安達二十三(アダチ・ハタゾウ)と東条とはあまり接点はない。
ここでは死に臨んで軍人としての覚悟の相違を述べる。

安達中将は昭和17年から終戦まで東部ニューギニアの第18
軍司令官であった。終戦後、ラバウルで戦犯裁判にかけられ
て終身禁固刑を受けた。昭和22年収容所内で錆びたかみそり
で自決した。

拘束されて二十四時間厳しい監視のなかで自決用の武器を入手
することもままならなかったのであろう、ようやく錆びたかみ
そりを密かに入手した。そのカミソリで看守の兵士の目を盗み
頚動脈を圧迫切開して自決した。起承転結の整った立派な遺書
も残した。さらに驚くことに作法どおりまず腹を一文字に切っ
た上で頚動脈を圧迫切開した。サムライの覚悟とはかくの如
きものである。

東条がピストル自殺に失敗したことはよく知られている。状況
は次のように報道されている。MP(アメリカ軍憲兵)が戦犯
として東条を逮捕するために到着すると、東条は家の中に閉じ
こもりピストルで左胸を撃って自殺を図るが、米軍の救命措置
により未遂に終わる。遺書はなかった。

状況を考えると、東条は最後まで、ひょっとして戦犯として訴
追されるのを免れるのではないかと希望的観測を抱いていたよ
うに見える。そうでなければ、中野正剛や安達中将の場合とは
ことなり、自由を拘束されていたわけでもなく、万全の準備を
して自決する時間は十分にあったはずである。MPが逮捕に現
れる土壇場になって、覚悟もなしに未練を残して、切羽詰って
手元が狂ったようである。あるいはためらいが失敗につながっ
たのか。ぶざまなことである。

かれは陸軍大臣時代「戦陣訓」なるものをつくり、全兵士に示
達している。そのなかに、「生きて虜囚の辱めを受けるなかれ」
という有名な文句がある。その彼が自殺未遂では示しがつかな
い。

この戦陣訓に基づき、敵軍の捕虜となり、後に送り返されてき
た兵士は上官から自殺を強要された。その際は失敗しないよう
に自分の頭部を撃つように命令していたという。いわば、軍人
としての常識なのだろう。ここでヒトラーを引き合いに出すの
もどうかと思うが、彼も自らの頭部を撃って自殺している。巷
間東条が胸を撃ったのは頭部がめちゃめちゃになるのが嫌だっ
たというが、戦陣訓の著者として、また武人としてあるまじき
身勝手というべきだろう。軍歌にも有名な文句がある。「海行か
ば水漬くかばね、陸行かば苔むすかばね」だったか。エステみ
たいな美意識はお門違いだろう。

当時から彼の自殺にまつわるはなしとして、間違ったところを
撃たないように出入りの医者から心臓の位置を聞いてそこに墨
でしるしをつけていたという。そして自分では書けないから毎
日夫人に書かせていたというのである。これは未遂に対するい
いわけらしい。つまりこれだけ用意周到に準備していたと主張
したかったらしい。なにか滑稽というかグロテスクな挿話だ。

ところが、60年目にして新しいjustification
が試みられた。東条英機のお孫さんが最近あちこちに出てこら
れるが、彼の自殺未遂を弁護するのか、いくつかの話をされて
いる。

まず、彼は自分の拳銃ではなく、娘婿が自決に使った拳銃を使
った。理由は先立って自決した愛する婿(陸軍少佐)と同じ拳
銃を使いたいというセンチメンタルなものだそうだ。そしてこ
の少佐が大柄な人で、その拳銃が東条が持っていた拳銃より大
分重かったと言う。それでうまく撃てなかったというのだ。こ
の理屈は逆に武人としての資格の欠如を示すのではないか。素
人の話ではない。

お孫さんによると、また彼は左利きだったそうで左胸を撃つの
は難しかったという。これも彼の武人としての日ごろの心がけ
の欠如を示すものだ。一生の一大事に不得手、なれない武器を
使うものではない。武士のたしなみだろう。安達中将のように
なにも武器が調達できない場合はやむをえないとしてもだ。

お孫さんは当日まで自殺しなかったことを、こう代弁している。
東条は逮捕しにきたら、「それが日本の官憲なら自分は逮捕に応
じる。日本国民には責任があるから」といったという。そして、
逮捕状が英文で書かれていたので自殺しようとしたのだ、と。ど
んなものだろう。お孫さんに失礼になるから、どうしてかという
ことは述べないがいかにも不自然だ。

彼女が今日に至って種々言われるのは周りの状況が変わってき
たから祖父を弁護しようというのだろうが、内容は逆効果を持
つものばかりだ。自殺未遂についてあれこれ弁解されるのはお
やめになったほうがいい。そっとして、黙っているのが孝行で
はないか。もっとも、上記に弁明が有効な人々が多いと言うな
ら何をかいわんやである。