毒物カレー事件が起きたのは、11年前のことである。無差別殺人事件は、卑劣な犯行で断じて許すことができない。ヒ素と言う極めて特殊な手段・凶器による非人道的な事件であった。
当初から、特定の人間が犯人として報道されていた。その頃の映像が、今日の判決報道でしばしば用いられていた。犯人とされた女性とその夫は、保険金詐欺などの犯罪もやっていたようであるし、一般的に言うと社会的な悪行を重ねていた。
裁判の経過の報道の範囲から推察するに、たぶんこの女性による犯行であったと思われる。しかし、ワイドショウ的な視点がどうしても抜けきれないようである。
客観的にみると、この女性は一度も犯行を認めていない。何よりも状況証拠しかない。物証が何一つないのである。いくら状況証拠を重ねても、犯行を立証するとは思えない。疑わしきは被告の利益は、今回は実行されなかった。しかも判決は、死刑である。
今回の事件は、重ねた状況証拠を認めると「死刑」、認めないと「無罪」となる極端な事例である。来月から、裁判員制度と言う、素人に判断を願う裁判制度が始まる。こんな、人の生死を分けるようなことについて、状況証拠だけで司法判断を素人に任せようとしているのである。
今回彼女は8つの事件でも起訴されている。状況証拠と同じように、他の事件と重ねることで判決を下している。こうした、囲い込むような検察の誘導は、素人である裁判員にある種の思い込ませをやっているようにも見える。
今回の裁判に見られるように、裁判員制度が大きな矛盾と課題をもっていることがはっきりした。なぜ国は、裁判員制度の導入を強行しようとするのかわからない。