阿倍晋三がきな臭い発言をするようになってきた。山本太一や下村博文らが呼びかける「北朝鮮に対する抑止力強化を検討する会」で、敵地攻撃論を展開した。やられる前にやるというのであるが、これが防衛の範疇に属するものなどではなく、明らかな先制攻撃論である。日本国憲法を全く無視する発言である。
近代の戦争は、ほとんど例外なく「防衛」のための戦争、攻撃をやっている。防衛の理由がなければ、でっち上げてでも防衛の理由を作るのである。トンキン湾事件やブッシュのイラク攻撃がいい例である。
中川昭一が地元帯広で19日、「核には核しかない」と発言している。これは以前からの彼の持論である。核所有の論議を行うべきとの趣旨である。今回は酔っ払っていなかったようであるが、バチカンでは警備員には呼び止められてはいなかった、とも発言している。財務相の公式見解と異なる発言であるが、まだ酔いが醒めていないのかもしれない。河村官房長官は、”非核三原則”の立場からこれを否定した。憲法の理念からではない。
麻生首相が靖国神社に、「真榊」を奉納していたことが解った。私の友人が名前に“靖”があるためにソウル空港で一時差し止めを食らった。それほどまで彼らは、神経質になっているのである。こうした事情を考慮せずに、世襲議員たちは国粋主義に傾倒する。
世襲議員の多くは、先代が何らかの形で戦争に関与していたことが多い。自らの権益の出所を守るためには、国粋主義者になってしまうのである。
政権を投げ出した福田、阿倍、小泉のなかでも阿倍が最もたちが悪い。方針演説をやった一時間後に辞任をするなどとは、わがままおボッチャマの真骨頂である。我慢もできない、洞察力もない戦争論者ではたまったものでない。せっかく政権を投げ出したのだから、議員職も投げ出して蟄居して焼き物などしていればいいのである。公の場所で発言するなどとは、もってのほかである。
ちょっとばかり敵失で支持率が上がったためではあるないが、思ったとおり北朝鮮のミサイル発射は、右翼勢力を元気づかせる結果になっているようである。