イタリアの圧倒的な反原発の国民投票結果を受けて、反原発の高まりがヨーロッパで大きなうねりとなっている。フランスやイギリスも、いつまでも原発推進を掲げていられなくなるのではないか。
日本の政府は、原子力政策については疎く、緩慢である。浜岡原発の稼働を、菅直人は止めさせたのではない。停止させたに過ぎない。防波堤が完成すれば認めるかもしれない。原発は必要とも発言している。
要するに、菅首相の原発についての発言は、曖昧この上ないのである。石原自民党幹事長のように、「イタリアはヒステリッ クになっている」と、無神経な発言も飛び出している。
日本の世論調査も、これ以上原発はいらないまで含めると、原発非容認は70%を超えている。世論調査で70%を超えれば、殆ど全部と言われている。
先週の日曜日には、日本各地で反原発のデモがあった。大阪では、5000人を超えたそうである。「もういらん原発」と名付けた、こんな大々的なデモすらマスコミの報道姿勢は、鈍重である。
電力会社や官僚の考えているのが、今を乗り切りさえすればその内事故のことなど忘れると思っている。原発事故を過去のものとしすっかり忘れ、世論が下火になり日本人がすっかり他のことに気がとられるのを待っているのである。戦争もそうである。
世界唯一の被爆国日本が、ビキニ沖で第5福竜丸が被爆した時には、日本は平和になっても放射能・死の灰を浴びるのだと、その当時は因果なものだと思ったものである。国民すべてが、死の灰はもうこりごりと思っていた。
時が経つと、こんな重要なことも忘れてしまうのが、日本人である。いっそのこと、福島原発周辺は100年単位で無人化して、メモリアル地域としてとどめ置くべきである。でないと、30年もすればすっかり忘れてしまうかもしれない。
それとも、晩発性の放射線の影響がその頃になると、多くの人に出てきてそれどころではないかもしれない。これはブラックユーモアでも何でもない。