そりゃおかしいぜ第三章

北海道根室台地、乳牛の獣医師として、この国の食料の在り方、自然保護、日本の政治、世界政治を問う

樹木希林さんの肩の力を抜いた反戦活動

2018-09-21 | 戦争
女優の樹木希林さんが亡くなった。私と同じ年である。東京生まれだそうだから何等かの形で、戦争か少なくとも戦後混乱時期を記憶はしているであろう。戦争の実体験はともかくとして、街角に立つ傷痍軍人や浮浪児の記憶などの戦争の遺物に、幼心に重いものを感じていたはずである。
俳優としても、肩の力を抜い演技で存在感を見せていた。彼女も、大橋巨泉や永六輔の1世代後ではあるが、戦争の足音を警告していた。
落語家の笑福亭鶴瓶との対談では、樹木さん「戦争は人間の世界で止めることができるはずなのに、そりゃ止めなきゃいけないですよね」
鶴瓶さん「当たり前ですやん。そんなこと・・・なんのための戦争なんですか? なんのための・・・意味わからんな、ほんまに」「国の言うことを、この歳になって信用したらあかんと思う、60過ぎてね、全部が国の言うことこれ、大丈夫かいなって思うようになるって・・・」
樹木さん「いま、法律を変えようとしているあの法律もそうでしょうけど、それも含めて、いまの政府がああいう方向に行ってしまうっていうね、これ、止めないと絶対いけないでしょうね」
鶴瓶さん「これ、へんな方向に行ってますよ。そら変えなあかん法律はいっぱいあってもね、戦争放棄っていうのはもうこれ謳い文句で、絶対そうなんですが9条はいろたらあかんと思うんですよね」
田中角栄の言葉、「戦争を知っている我々がいる間は大丈夫だが、知らない世代になった時が危ない」があるが、初の戦後生まれの首相に安倍晋三が就いたとたんに、戦前回帰の道へと走っている。
憲法九条は軍国主義国家日本という瓶の蓋であるという、「瓶の蓋理論」は周辺諸国を納得させるものであった。戦争は国家は自衛を理由に、国民には愛国心を焚き付けられ始まるのである。例えばイージスショア配備の配備などはその典型である。近隣諸国を警戒させるだけである。辺野古新基地の建設も同じである。
7月末、樹木希林さんはウクライナの映画祭の帰りに、そのまま辺野古基地建設阻止の側に加わった。映画祭からの衣装そのままであったそうである。東海テレビのドキュメンタリー番組『戦後70年 樹木希林ドキュメンタリーの旅』のためであったが、建設阻止の側に立ったものであった。彼女の肩の力を抜いた反戦活動である。
樹木希林さんの冥福を祈りたい。
コメント (3)
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