ヨルゴス・ランティモス監督「哀れなるものたち」(★★)(中洲大洋スクリーン1、2024年01月29日)
監督 ヨルゴス・ランティモス 出演 エマ・ストーン、マーク・ラファロ、ウィレム・デフォー
簡単に言ってしまえば、これは映画ではなく「安直な文学(大衆小説)」です。つまり、スクリーンで展開されていることをことばに置き換え、ストーリーにすると、それなりにおもしろい。趣向が変わっているので「純文学」と思い、ストーリーがよくわかるというので、絶賛する人がいるかもしれない。ちなみに、映画COMには、ストーリーをこんなふうに要約している。「不幸な若い女性ベラは自ら命を絶つが、風変わりな天才外科医ゴッドウィン・バクスターによって自らの胎児の脳を移植され、奇跡的に蘇生する。「世界を自分の目で見たい」という強い欲望にかられた彼女は、放蕩者の弁護士ダンカンに誘われて大陸横断の旅に出る。大人の体を持ちながら新生児の目線で世界を見つめるベラは時代の偏見から解放され、平等や自由を知り、驚くべき成長を遂げていく。」
問題は、「新生児の目線で世界を見つめる」なんだけれど、これは「驚くべき成長を遂げていく」に合致しない。成長するに従って「新生児の目線」ではなくて、「成熟した女性の視線」で世界を見つめる。つまり、女性の目覚めを描いているという点では「ジュリア」のようなものなのだが、これを「新生児」なのに「大人の体」を持った女性を登場させることで、なんといえばいいのか、一種の「パロディー」にしてしまっている。女性が自分自身の性に、そして社会の不平等さに目覚め、自立していくということが、ひとりの女性の生き方として描かれるのではなく、「女性というものはこういうもんだよ」と要約されてしまっている。女性が、肉体を持った魅力的な人間としては描かれてはいない。あからさまにいって、エマ・ストーンの繰り広げるセックスシーンを見て、あ、こんなセックスをしてみたいと思った観客が何人いるだろうか。エマ・ストーンに、こんな表情をさせてみたい、エマ・ストーンのこんな表情をセックスのときにしてみたい、そう思った人が何人いるだろうか。だれも、そんなことを思わないのではないのではないか。肉体を抜きにして、頭のなかで、ことばだけで、想像していた方が楽しいだろう。
さらに言えば、成長を遂げていくのが主人公だけであって、主人公に出会うことによって「世界」(他人)が目覚めていかないというのが、この映画(ストーリー)の最大の問題点。世界は変わりません、エマ・ストーンだけがかわります、というのでは、ストーリーを人間が体現して見せるだけの「意味」がない。アニメでも人形劇でもいい。いっそう、その方が「リアル」だったと思う。
予告編や宣伝をかなりいい加減に見ていたせいか、私は「大人の体を持ちながら新生児の目線で世界を見つめる」ことによって「世界の本質があばかれていく」という映画だと思っていた。ぜんぜん、そうではなかった。世界の本質も暴かれなければ、女性が目覚めるわけでもなかった。(目覚めたのかもしれないが、それは、もう語り尽くされた目覚めにすぎなかった。)
唯一おもしろかったのは、エマ・ストーンが乗る馬車、というか、車というか。エンジン(?)つきの車なのだが、まわりが馬車の時代なので、運転手がハンドルではなく、機械仕掛け(?)の馬の上半身を手綱であやつっている。ほんとうは「進歩」しているのに、世界の(周囲の)状況にあわせて、あえて「古い」を装っている。これは、いわばこの映画の逆説にもなっている。ほんとうは「古い」のに「新しい」を装っている。装いにだまされることが好きな人は、まあ、満足するかもしれない。月に2本映画を見るのは厳しい、という年金生活者には、ああ、金を無駄遣いしてしまったなあという気持ちが残ってしまう映画だった。
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