「特別な制度」とは何か
自民党憲法改正草案を読む/番外55(情報の読み方)
2016年12月16日読売新聞(西部版・14版)に安倍・プーチン会談のことが掲載されている。1面の見出し。
「特別な制度」とはどういうことだろうか。
読売新聞によると、安倍は、
この「特別な制度」についてのプーチンの発言の引用は1面には見当たらない。かわりにウシャコフ大統領補佐官の発言が引用されている。それによると、
ここからわかることは。
「特別な制度」という表現は安倍がつかっているだけ、ということ。ロシアは「特別な制度」を「ロシアの法」と言い直し、否定している。
4面の「15日の首脳会談要旨」には「北方領土」問題については、
とある。「両首脳」と「ひとくくり」にしているので、それが安倍・プーチンの「共通認識」のように見えるが、かなり疑問だ。
1面の安倍の「率直かつ非常に突っ込んだ議論をおこなうことができた」と4面の要旨の「率直かつ突っ込んだ議論」ということばを手がかりにすれば、この「要旨」は安倍の視点からの要旨ということになる。プーチンの「ことば」は含まれていないだろう。安倍とプーチンの発言を併記すれば矛盾するので、安倍が「要約」しているのである。
安倍は「率直、突っ込んだ」という「修辞」で内容をごまかしている。
ウシャコフは、それを「牽制」している。具体的に「共同経済活動はロシアの法律に基づいて実施される」と指摘している。
ロシアにとって、共同経済活動が「ロシアの法律の下」でおこなわれるなら、それは「特別な制度」ではない。日本の資本が入ってくる、経済人(労働者)が入ってくるにしても、ロシアの方の管理下。他の都市での「企業誘致(企業進出)」と変わりはない。それに付随して島民の「自由訪問」がつけくわえられるにしても、それはロシアが「許可」すること。「入国審査」なしに上陸(入島)できるわけではないだろう。日本人が沖縄へゆくのと同じように4島へ行けるわけではない。
「特別な制度」とはあくまで日本にとって「特別な制度」なのである。
いくらか「自由」の度合いが増えているから、それはそれでロシアにとっても「特別な制度」とむりやり考えることもできないことはないが、相変わらずロシアのコントロールの下にあるのだから、「特別」と「わざわざ」いうほどのこともない。
では、日本にとって何が特別か。「4島(2島かもしれない)」を「返還させる」という目的のための、という点が「特別」なのである。
モスクワやウラジオストクなどには日本企業が進出しているだろう。経済活動をおこなっているだろう。その経済活動は、やはり「ロシアの法律の下」でおこなわれている。そして、それらは「4島の返還を目的」としたものではない。「特別なもの」ではない。
もし、あえてロシア側に「特別な制度」の「特別」を探すとしたら……。
3面に、とても興味深い「分析」が書かれている。「プーチン氏 強硬/共同経済活動「主権下」要求」という見出しがついている。そこに、こう書いてある。
北方4島での経済活動がロシアの主権下で行われれば、日本がロシアの主権を認めたことになる。ロシアの主権が「確立」される。日本は「返還要求」をできなくなる。
そういう「チャンス」である。ロシアにとって「特別なチャンス」、日本の要求を完全に封じるチャンスである、という意味で「特別」である。
プーチンは帰国して言うだろう。
「日本はロシアでの法の下での経済共同活動を認めた。法の支配権を認めたということである。日本は4島の引き渡し要求を放棄した。島民は安心して暮らしてください」
こんなあいまいな「特別」ということばをはさむことで、安倍は何を狙っているのか。
どうとでも読むことができる多義的なことばをはさむことで、北方領土問題について何らかの「進展」があったかのように装う効果がある。
「外交」とは、もともと「あいまいなことば」を利用して、そこにどれだけ自国の権利を盛り込むか、ということなのだろうが、安倍のことばはあまりにもむごい。
何の「実質」もない。
私は12月14日「プーチンインタビュー(2)」という文章で、こういう「予測」を書いた。
「特別な制度」を協議する、ということは協議を「継続する」ということの言い換えにすぎない。
いや、もっと悪いかもしれない。
その「協議」では、あくまで経済活動に関する「制度」が話し合われるだけで、4島の「返還問題/帰属問題」は除外される恐れがある。
「特別な」ということばは、読み方によって「勝手に」意味を説明できることばである。「率直な」とか「突っ込んだ」というような「修辞」にすぎない。「日本国内向け」の「ごまかし」である。
14面に「首相 首脳会談後の発言」に次のことばがある。
「このあと、主に経済問題について会談を行う」とは、もう「北方領土」については会談しない、ということだ。何の進展もなかったと、「敗北」を宣言しているのである。
*
もうひとつ気になったことがある。
安倍はプーチンとの1対1の会談のとき、北方4島の元島民からの手紙をプーチンに渡したという。(3面に書いてある。)
安倍の気持ちはわかるが、その手紙を読んでプーチンはどう思うだろうか。何が書いてあったかまでは書かれていないで推測だが、元島民の故郷を思う気持ちや先祖を思う気持ちはプーチンのこころを揺さぶるかもしれない。しかし、揺さぶられれば同時に、いま4島を引き渡せば、いま4島に住んでいるロシア人は同じ気持ちを味わうことになる、とも思うのではないか。
「特別な制度」ということばと同じように、安倍のやったことは日本人のこころに「期待」を抱かせるが、交渉の相手は日本国民ではなくプーチンである。
国民に「見せる」交渉ではなく、もっと「実質的」な交渉をしてほしい。「素直」でなくてもいい。「巧妙」に「実質」を勝ち取る交渉をしてほしい。
「巧妙さ」を国民をだますためのことばに盛り込まないでほしい。
自民党憲法改正草案を読む/番外55(情報の読み方)
2016年12月16日読売新聞(西部版・14版)に安倍・プーチン会談のことが掲載されている。1面の見出し。
4島「特別な制度」協議/日露首脳 山口で会談/共同経済活動で/「事務レベルで議論」合意
「特別な制度」とはどういうことだろうか。
読売新聞によると、安倍は、
「4島における日露両国の『特別な制度』の下での共同経済活動、そして平和条約の問題について、率直かつ非常に突っ込んだ議論をおこなうことができた」と語った。
この「特別な制度」についてのプーチンの発言の引用は1面には見当たらない。かわりにウシャコフ大統領補佐官の発言が引用されている。それによると、
「共同経済活動はロシアの法律に基づいて実施される」と述べた。具体的分野として漁業、洋食、観光、医療などを例示した。
ここからわかることは。
「特別な制度」という表現は安倍がつかっているだけ、ということ。ロシアは「特別な制度」を「ロシアの法」と言い直し、否定している。
4面の「15日の首脳会談要旨」には「北方領土」問題については、
両首脳 元冬眠の故郷への自由訪問、4島での日露両国の特別な制度の下での共同経済活動、平和条約について率直かつ突っ込んだ議論。
とある。「両首脳」と「ひとくくり」にしているので、それが安倍・プーチンの「共通認識」のように見えるが、かなり疑問だ。
1面の安倍の「率直かつ非常に突っ込んだ議論をおこなうことができた」と4面の要旨の「率直かつ突っ込んだ議論」ということばを手がかりにすれば、この「要旨」は安倍の視点からの要旨ということになる。プーチンの「ことば」は含まれていないだろう。安倍とプーチンの発言を併記すれば矛盾するので、安倍が「要約」しているのである。
安倍は「率直、突っ込んだ」という「修辞」で内容をごまかしている。
ウシャコフは、それを「牽制」している。具体的に「共同経済活動はロシアの法律に基づいて実施される」と指摘している。
ロシアにとって、共同経済活動が「ロシアの法律の下」でおこなわれるなら、それは「特別な制度」ではない。日本の資本が入ってくる、経済人(労働者)が入ってくるにしても、ロシアの方の管理下。他の都市での「企業誘致(企業進出)」と変わりはない。それに付随して島民の「自由訪問」がつけくわえられるにしても、それはロシアが「許可」すること。「入国審査」なしに上陸(入島)できるわけではないだろう。日本人が沖縄へゆくのと同じように4島へ行けるわけではない。
「特別な制度」とはあくまで日本にとって「特別な制度」なのである。
いくらか「自由」の度合いが増えているから、それはそれでロシアにとっても「特別な制度」とむりやり考えることもできないことはないが、相変わらずロシアのコントロールの下にあるのだから、「特別」と「わざわざ」いうほどのこともない。
では、日本にとって何が特別か。「4島(2島かもしれない)」を「返還させる」という目的のための、という点が「特別」なのである。
モスクワやウラジオストクなどには日本企業が進出しているだろう。経済活動をおこなっているだろう。その経済活動は、やはり「ロシアの法律の下」でおこなわれている。そして、それらは「4島の返還を目的」としたものではない。「特別なもの」ではない。
もし、あえてロシア側に「特別な制度」の「特別」を探すとしたら……。
3面に、とても興味深い「分析」が書かれている。「プーチン氏 強硬/共同経済活動「主権下」要求」という見出しがついている。そこに、こう書いてある。
ロシアは自国の主権下での実施を求めている。共同経済活動に日本を引き込み、主権を認めさせることがロシアの狙いだ。
北方4島での経済活動がロシアの主権下で行われれば、日本がロシアの主権を認めたことになる。ロシアの主権が「確立」される。日本は「返還要求」をできなくなる。
そういう「チャンス」である。ロシアにとって「特別なチャンス」、日本の要求を完全に封じるチャンスである、という意味で「特別」である。
プーチンは帰国して言うだろう。
「日本はロシアでの法の下での経済共同活動を認めた。法の支配権を認めたということである。日本は4島の引き渡し要求を放棄した。島民は安心して暮らしてください」
こんなあいまいな「特別」ということばをはさむことで、安倍は何を狙っているのか。
どうとでも読むことができる多義的なことばをはさむことで、北方領土問題について何らかの「進展」があったかのように装う効果がある。
「外交」とは、もともと「あいまいなことば」を利用して、そこにどれだけ自国の権利を盛り込むか、ということなのだろうが、安倍のことばはあまりにもむごい。
何の「実質」もない。
私は12月14日「プーチンインタビュー(2)」という文章で、こういう「予測」を書いた。
(1)北方領土問題は「継続協議」になる。「継続」ということばを引き出すことで、北方四島の問題を日本が放棄した(あきらめた)という印象を消すことができる。
(2)「共同経済活動」はロシアの主権下(法の下)でおこなわれる。ただし、「ビザなし渡航」を拡大することができれば、これまでの「法」の拘束ががゆるんだことになる。つまり「成果」である。
北方領土への「熱意の継続」と「ロシアの法の拘束をゆるめた」を安倍は強調するだろう。
「特別な制度」を協議する、ということは協議を「継続する」ということの言い換えにすぎない。
いや、もっと悪いかもしれない。
その「協議」では、あくまで経済活動に関する「制度」が話し合われるだけで、4島の「返還問題/帰属問題」は除外される恐れがある。
「特別な」ということばは、読み方によって「勝手に」意味を説明できることばである。「率直な」とか「突っ込んだ」というような「修辞」にすぎない。「日本国内向け」の「ごまかし」である。
14面に「首相 首脳会談後の発言」に次のことばがある。
プーチン大統領と約3時間にわたって首脳会談を行った。私の地元での開催、地元の皆様に温かく迎えていただいた結果、大変良い雰囲気の中で首脳会談を行うことができた。このあと、主に経済問題について会談を行う予定だ。
「このあと、主に経済問題について会談を行う」とは、もう「北方領土」については会談しない、ということだ。何の進展もなかったと、「敗北」を宣言しているのである。
*
もうひとつ気になったことがある。
安倍はプーチンとの1対1の会談のとき、北方4島の元島民からの手紙をプーチンに渡したという。(3面に書いてある。)
首相は1対1の会談後、「(元島民は)平均年齢が81歳になる。時間がないという島民の気持ちをしっかり胸に刻んで会談を行った」と記者団に語った。
安倍の気持ちはわかるが、その手紙を読んでプーチンはどう思うだろうか。何が書いてあったかまでは書かれていないで推測だが、元島民の故郷を思う気持ちや先祖を思う気持ちはプーチンのこころを揺さぶるかもしれない。しかし、揺さぶられれば同時に、いま4島を引き渡せば、いま4島に住んでいるロシア人は同じ気持ちを味わうことになる、とも思うのではないか。
「特別な制度」ということばと同じように、安倍のやったことは日本人のこころに「期待」を抱かせるが、交渉の相手は日本国民ではなくプーチンである。
国民に「見せる」交渉ではなく、もっと「実質的」な交渉をしてほしい。「素直」でなくてもいい。「巧妙」に「実質」を勝ち取る交渉をしてほしい。
「巧妙さ」を国民をだますためのことばに盛り込まないでほしい。