詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

ドロタ・ケンジェルザヴスカ監督「木漏れ日の家で」(★★★)

2011-06-28 09:07:09 | 映画
ドロタ・ケンジェルザヴスカ監督「木漏れ日の家で」(★★★)

監督 ドロタ・ケンジェルザヴスカ 出演 ダヌタ・シャフラルスカ、犬(フィラデルフィア)

 年老いた女性の映画というと「八月の鯨」をすぐに思い出す。「八月の鯨」は姉妹の話だった。「木漏れ日の家で」はひとりで暮らしている。話し相手は犬だけである。
 家はきれいに手入れされているが、古いので、痛んでもいる。それはちょうど主人公の女性の姿でもある。白髪できれいに髪をといている。みかけも、さっぱりしている。それでも体は傷んでいる。病院へゆくのだが、そこの女医の態度にも傷ついている。体もここも傷ついている。彼女には、息子がいるが、頼りにならない。息子は、女性の家を売り飛ばして「資産」を手にしたいと思っている。手ぐすねを引いている。この家をどうするか……をめぐって、ストーリーは進んでゆく。

 この女性の楽しみが「のぞき」というのが、とてもいい。
 静かな郊外の家なので、まわりからひとの話し声が聞こえてくる。しかし、室内での会話までは聞こえてこない。そこで双眼鏡を取り出して、近所の家をのぞいているのである。ただし、双眼鏡といってもそんなに精度のいいものではないので、ひとの表情がくっきりわかるというようなものではない。
 女性は、いわば「間接的」に状況を把握している。この、不思議な「接点」というか、距離のとり方が、この映画をおもしろくしている。成り金がいて、子どもたちに音楽を教えているボランティアのカップルがいる。そのせいで、なかなか「静かな時間」というものももてない。ときには子どもたちも侵入してくる。わずらわしい。
 小さな接触、かぎられた接点で、女性は自分の外で起きていることをぼんやりと知り、そこからまた自分の状態をぼんやりと把握するのである。はっきりしない「ぼんやり」と「ぼんやり」の間を、「ひとりごと」が埋めていく。「ひとりごと」をとおして、女性は、「八月の鯨」の姉妹のように「対話」をするのである。犬を相手に、ぐちをこぼす。その「対話」のなかに、女性の「暮らし」が見えてくる。犬は反論しないし、意見を言わないので(当たり前だが)、彼女の内面はだんだん煮詰まってきて、重たくなってくる。解放されない「うらみ」のようなものが溜まってくる。
 古びた家、カーテンのない窓が女性の外観のありかただとすれば、つぶやかれる「ひとりごと」は彼女の内観をあらわしている。
 映画は、最後の小さな出来事(家を音楽家のカップルにゆずるということ)をのぞいて、たんたんと進むのだが、いま書いた「のぞき」もそうだが、「伏線」がとてもきいている。「外」と「内」が交錯する瞬間を、とても自然に描き出している。とてもいい「脚本」である。
 私が特に気に入っているのは犬の使い方である。食いしん坊である。しつけも完全であるとは言えない。だらしがないところがある。「自由」なところがある。雌犬なので、飼い主の女性よりも、息子の方を気に入っている。息子がくるとべったりと身を寄せている。その犬がある夜、急にそわそわする。
 「どうしたの?」
 女性はベッドから起き出して、双眼鏡を取り出す。隣家に息子が来ている。どうも家を売る商談をしているらしい。家のなかの会話は聞こえないが、息子夫婦が隣家をでてからの会話は聞こえる。そのことばを聞きながら、女性は息子が冷たくて、冷たいと感じていた息子の連れ合いの方がやさしいということ知ったりする。
 この映画のキーポイントが、犬によって、ほんとうに自然に描かれるのである。犬は車の音やにおいに敏感である。女性が気がつかないことも気づく。近くまでやってきたのが大好きな男なら、そわそわして当たり前である。
 最後の家を音楽家のカップルゆずるシーンにも、いろいろな伏線が生きてきている。ピアノの下に隠していた宝石、ゆっくりと紅茶を飲みたいけれどお気に入りの場所まで紅茶を運んでいくと、そのときはもう紅茶は冷めている……など。書きはじめると、長くなりそうなことがたくさんある。

 また白黒の映像がとても美しい。女性の白髪が印象的だし、飼っている犬(ボーダーコリー)の白黒、目が動くとき白目がちらちらする感じもモノクロだからこそという感じで生き生きしている。古びた家の中で、磨かれたガラスの透明感、床に広がる光、そして庭にあふれる木漏れ日も、とても自然である。カラーだと「情報」が多すぎて、静かな感じがしなくなるだろうと思った。
                         (2011年06月23日、KBC2)




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