松岡政則「ありがとう」(「交野が原」84、2018年04月01日発行)
松岡政則「ありがとう」を読む。
状況はいろいろ考えられる。「一週間ぶりだという」からは、「つれあい」が自分では髪を洗えない状況だと推測できる。病院か、どこかの施設か。そういうところにいるのかもしれない。「たからの持ち腐れだとよくぼやいていた、/ちちふさ」から、乳房に関係する病気とも想像する。でも、深くは考えない。
つれあいが「いいきもち」と言った。そのことを松岡はしっかりおぼえている。短いことばだが、「もっとつよくして/あっそこっ」とつながっていく。「実感」をいっしょに共有している。
少し省略するが、この「きもちがいい」がかわっていくところがとてもいい。
髪の洗い方があまりにもうまいので、つれあいは松岡のことを疑い始める。「どこかでおんなの髪を洗ったことがあるのだろう」と。さらに「だまってないでなんとかいえ」と追い打ちをかける。
松岡はいわば叱られているのだが、それがうれしい。叱るくらいに女は元気になっている。それがわかる。「きもちいい」だけではなく、「きもちいい」と感じ、そこからこころを開いている。思っていることを言い始めている。
ひとは思っていても言わないことがある。
無防備に「あーきもちいい」と言ったことが引き金になって、こころが無防備に開いたのだ。こんなことを言えば喧嘩になる、というような心配などふっとばして、思っていることを思っているままに言う。
いま女(つれあい)は「あるがまま」を生きている。
それが松岡には「しんそこ」うれしい。「しんそこ」から込み上げてくるものがある。こういうことを「しんそこ」とか「うれしい」ということばをつかわずに書くのが詩なのかもしれないが、女の無防備なことばに突き動かされて、松岡のことばも無防備になっている。
「ありがとう」はタイトルにしか書かれていないが、いまふたりは「あるがまま」に生きている。そのことに「ありがとう」と言っている。女に「ありがとう」といっているだけではない。
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「詩はどこにあるか」2月の詩の批評を一冊にまとめました。
詩はどこにあるか1月号注文
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目次
小川三郎「沼に水草」2 岩木誠一郎『余白の夜』8
河邉由紀恵「島」13 タケイ・リエ「飯田橋から誘われる」18
マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21 最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28 鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37 若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47 佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64 及川俊哉『えみしのくにがたり』67
吉貝甚蔵「翻訳試論――漱石のモチーフによる嬉遊曲」72
西岡寿美子「ごあんない」76
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谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(上)83
オンデマンド形式です。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
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以下の本もオンデマンドで発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料250円)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512
(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料450円)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
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(3)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料250円)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com
松岡政則「ありがとう」を読む。
つれあいの
髪を洗っている
一週間ぶりだという
たからの持ち腐れだとよくぼやいていた、
ちちふさのあたりをぬらさぬように
注意ぶかく洗っている
あーいいきもち
もっとつよくして
あっそこっ
状況はいろいろ考えられる。「一週間ぶりだという」からは、「つれあい」が自分では髪を洗えない状況だと推測できる。病院か、どこかの施設か。そういうところにいるのかもしれない。「たからの持ち腐れだとよくぼやいていた、/ちちふさ」から、乳房に関係する病気とも想像する。でも、深くは考えない。
つれあいが「いいきもち」と言った。そのことを松岡はしっかりおぼえている。短いことばだが、「もっとつよくして/あっそこっ」とつながっていく。「実感」をいっしょに共有している。
少し省略するが、この「きもちがいい」がかわっていくところがとてもいい。
つれあいの髪を洗っている
九浅一深のリズムで
いのりのような純一で
どこかでおんなの髪を洗ったことがあるのだろうという
だまってないでなんとかいえという
お國はこわれているのに
わたしはしんそこうれしくて
のどのあたりがいっぱいになる
もう返事すらできないでいる
(うごくと、ぬれるよ
髪の洗い方があまりにもうまいので、つれあいは松岡のことを疑い始める。「どこかでおんなの髪を洗ったことがあるのだろう」と。さらに「だまってないでなんとかいえ」と追い打ちをかける。
松岡はいわば叱られているのだが、それがうれしい。叱るくらいに女は元気になっている。それがわかる。「きもちいい」だけではなく、「きもちいい」と感じ、そこからこころを開いている。思っていることを言い始めている。
ひとは思っていても言わないことがある。
無防備に「あーきもちいい」と言ったことが引き金になって、こころが無防備に開いたのだ。こんなことを言えば喧嘩になる、というような心配などふっとばして、思っていることを思っているままに言う。
いま女(つれあい)は「あるがまま」を生きている。
それが松岡には「しんそこ」うれしい。「しんそこ」から込み上げてくるものがある。こういうことを「しんそこ」とか「うれしい」ということばをつかわずに書くのが詩なのかもしれないが、女の無防備なことばに突き動かされて、松岡のことばも無防備になっている。
「ありがとう」はタイトルにしか書かれていないが、いまふたりは「あるがまま」に生きている。そのことに「ありがとう」と言っている。女に「ありがとう」といっているだけではない。
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「詩はどこにあるか」2月の詩の批評を一冊にまとめました。
詩はどこにあるか1月号注文
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ここをクリックして1750円の表示の下の「製本のご注文はこちら」のボタンをクリックしてください。
目次
小川三郎「沼に水草」2 岩木誠一郎『余白の夜』8
河邉由紀恵「島」13 タケイ・リエ「飯田橋から誘われる」18
マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21 最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28 鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37 若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47 佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64 及川俊哉『えみしのくにがたり』67
吉貝甚蔵「翻訳試論――漱石のモチーフによる嬉遊曲」72
西岡寿美子「ごあんない」76
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谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(上)83
オンデマンド形式です。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
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以下の本もオンデマンドで発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料250円)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
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(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料450円)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
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(3)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料250円)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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