詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

松岡政則「ありがとう」

2018-03-20 11:21:51 | 詩(雑誌・同人誌)
松岡政則「ありがとう」(「交野が原」84、2018年04月01日発行)

 松岡政則「ありがとう」を読む。

つれあいの
髪を洗っている
一週間ぶりだという
たからの持ち腐れだとよくぼやいていた、
ちちふさのあたりをぬらさぬように
注意ぶかく洗っている
あーいいきもち
もっとつよくして
あっそこっ

 状況はいろいろ考えられる。「一週間ぶりだという」からは、「つれあい」が自分では髪を洗えない状況だと推測できる。病院か、どこかの施設か。そういうところにいるのかもしれない。「たからの持ち腐れだとよくぼやいていた、/ちちふさ」から、乳房に関係する病気とも想像する。でも、深くは考えない。
 つれあいが「いいきもち」と言った。そのことを松岡はしっかりおぼえている。短いことばだが、「もっとつよくして/あっそこっ」とつながっていく。「実感」をいっしょに共有している。
 少し省略するが、この「きもちがいい」がかわっていくところがとてもいい。

つれあいの髪を洗っている
九浅一深のリズムで
いのりのような純一で
どこかでおんなの髪を洗ったことがあるのだろうという
だまってないでなんとかいえという
お國はこわれているのに
わたしはしんそこうれしくて
のどのあたりがいっぱいになる
もう返事すらできないでいる
(うごくと、ぬれるよ

 髪の洗い方があまりにもうまいので、つれあいは松岡のことを疑い始める。「どこかでおんなの髪を洗ったことがあるのだろう」と。さらに「だまってないでなんとかいえ」と追い打ちをかける。
 松岡はいわば叱られているのだが、それがうれしい。叱るくらいに女は元気になっている。それがわかる。「きもちいい」だけではなく、「きもちいい」と感じ、そこからこころを開いている。思っていることを言い始めている。
 ひとは思っていても言わないことがある。
 無防備に「あーきもちいい」と言ったことが引き金になって、こころが無防備に開いたのだ。こんなことを言えば喧嘩になる、というような心配などふっとばして、思っていることを思っているままに言う。
 いま女(つれあい)は「あるがまま」を生きている。
 それが松岡には「しんそこ」うれしい。「しんそこ」から込み上げてくるものがある。こういうことを「しんそこ」とか「うれしい」ということばをつかわずに書くのが詩なのかもしれないが、女の無防備なことばに突き動かされて、松岡のことばも無防備になっている。
 「ありがとう」はタイトルにしか書かれていないが、いまふたりは「あるがまま」に生きている。そのことに「ありがとう」と言っている。女に「ありがとう」といっているだけではない。




*


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マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21  最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28  鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37  若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47  佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64  及川俊哉『えみしのくにがたり』67
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艸の、息
松岡政則
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