ロベール・ブレッソン監督「少女ムシェット」(★★★★★)(2021年04月19日、KBCシネマ2)
監督 ロベール・ブレッソン 出演 ナディーヌ・ラミー
昔の映画(1967年制作)は、いいなあ。「短篇小説」のように、深い余韻が残る。
この映画はフレームというのか、画面の切りとり方が味わい深い。凝ると、カメラが演技をしているという印象になるが(最近の映画に多い)、カメラはどっしりと構えている。そのカメラのフレームの枠から肉体が自然にはみ出し、それがそのまま画面を切りとっている感じになる。短い文章を積み重ねることでつくられた、無駄のない短篇小説の文体に触れている感じだ。
この「切りとられた映像」に重なるように、「切りとられたセリフ」がある。画面からも、ことばからもはみだしている現実が実際には存在するのだけれど、そのはみだした部分は観客に想像させる。そして、不思議なことに、そのはみだしている部分、想像した肉体、想像したことばは、そこに存在しないはずなのに、役者の肉体のなかで凝縮しているように感じられる。短篇小説の文体が、ただ短ければいいというのではなく、凝縮していないとおもしろくない、というのに似ている。「凝縮」のなかに「長編」に匹敵する「時間」があるのだ。感情があるのだ。
そこに動いている人間の感情、そのすべてを克明に知っているという気持ちになる。「切りとられること」で、本質だけになる、ということなのかもしれない。
しかし、その「本質」というのは危険だ。剥き出しになってしまうというのは、支えるもの(隠すもの)を失うことだから。
そのことを人間関係と森との対比で、この映画は、深々としたものとして展開する。
一方に人事(家庭、社交、学校)があり、他方に自然(森)があり、その森(自然)は人が荒らしてはいけない領域だが、それは美しいからではなく、きっと危険だからなのだろう。人間を目覚めさせる何かがある。「本質」が人間に邪魔されずに、動いている。罠にかかる鳥や、銃で撃たれる兎さえ、「本質」なのだ。
人事(人間関係)に嫌気がさした少女は、森の中で生まれ変わる。それは、ほんとうの自分になるという意味である。保護される少女から脱皮して、少女であることを超越する。おとなと対等になる。こういうことは、人間には必要なのだけれど、やはり危険なことでもある。
少女は、結局自殺してしまうが(つまり、危険を乗り越えられないのだが)、この自殺のシーンが非常に美しい。ああ、よかった、と思ってしまうのだ。少女が死んでしまうのに。
危険なのは、少女ではなく、この映画を見ている私ということになる。絶望的な少女が死んでいくことを、美しいと感じるというのは、人間として変でしょ? こういう矛盾にたじろいでみるのも、映画を見る楽しみだなあ、と私は思う。
それにしても、このモノクロの映像は美しいなあ。涙の輝きが、輝きとしかいいようがない美しさで迫ってくる。明暗のなかに色彩がある。さらに、主演の少女もいいなあ。目に力があるだけではなく、全身に力がある。少女だからあたりまえなのかもしれないが、肌に張りがある。それは何か野生を感じさせる。森の小さな獣である。
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