詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

坂口簾『鈴と桔梗』

2018-03-18 09:24:34 | 詩集
坂口簾『鈴と桔梗』(書肆山田、2018年01月30日発行)

 坂口簾『鈴と桔梗』には細田傳造の詩とは違って「他人」がでてこない。ひとは出てくるが「他人」としては登場しない。「批評」が人に対してつけくわえられていない。これは別な意味で言えば、ことばに対して「批評」がおこなわれていない。
 「廃園」という作品。

目覚めの遅い廃園に来てみると
熟成した時間の露を縫いながら
今日の最初のひかりが
不揃いな模様を描きかけているところだった

たとえば
かつて少年がハモニカを吹きに来た檪の幹
熊笹におおわれていまは寄りかかることさえ出来ない
そこから見えた砂場
仙翁の朱の乱れるあたり
ブリキの如露が錆びた首を突き出していた

 ことばは互いに「呼び掛け合っている」。「廃園」はすたれた庭園。動き始めるものがない。これを「目覚めが遅い」ということばで強調している。「廃園は目覚めが遅い」と「主語+述語」の形で書かずに、「目覚めが遅い」と「認識」から語り始める。「認識が」全体のことばを統一している。したがって、ここには「批評」が入り込む余地がない。「熟成した時間」もおなじ。「廃園」にきて、その庭園の中にある「時間が熟成している」と気づくのではなく、あらかじめ「熟成した」という「認識」があり、それが「時間」ということばを修飾する。修飾は規定でもある。断定と言い換えてもいい。断定によって、「認識」を確固なものにする。これは「批評」というよりも「認識」の拡張である。「批評」は、他人とのぶつかりあいを誘い出すものだが、坂口のことばはそうした方向へは動かない。
 「認識」によってことばを統一する。強い力が「世界」を静かに整える。「不揃い」ということさえ、動くことをやめししまう。「ひかり」が射して影ができる。その模様が「不揃いになる」というのが実際に起きることだが、「不揃いな模様」が最初からあり、その「不揃い」のなかに「描く」という動詞まで引き込んでしまう。
 この「静謐」を破って、ことばが独自に動くというのはむずかしい。「認識」の「静謐」のなかで、ことばは整えられていく。
 「少年」と「ハモニカ」、「ブリキの如露」と「錆」。ここには「新しい組み合わせ」がない。だから、何が起きるのだろうという「不安」にかりたてられることはない。
 しかし、これはこれで、ひとつの「詩のスタイル」である。
 「鳥の伝説」の一連目。

鳥は
枝に来て
羽をたたむと
ふり向いて
おのれの飛跡をたしかめる

 ここに書かれた「鳥」を「私」と読み、「ことば」と読み替えてみる。「私のことば」の方がいいかなあ。
 「詩(私のことば)」は、書き終わると(完成すると)、ペンを置いて「ことば」を振り返る。そこに「私の軌跡(認識)」が見える。それを確かめる。その「軌跡」は「私の軌跡(認識)」であるが、またそこには「ことば(文学)としての認識(伝統)」も見える。そして、この「文学の伝統としてのことば」が、あらかじめの「認識」として働き、坂口に働きかけているということもわかる。その動き方に乱れはない。つまり完成されている。
 坂口は「他人」と交渉するかわりに、「文学」と交渉している。
 この「交渉」を坂口は「たしかめる」という動詞で語っている。「たしかめる」は「確固にする」でもある。

 「批評」のことばは「たしかめる」ことばではない。「批評」のことばは、「ある」ものを叩きこわしていくことばである。
 と、ここから細田の詩を振り返ってみたりする。






*


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目次

小川三郎「沼に水草」2  岩木誠一郎『余白の夜』8
河邉由紀恵「島」13  タケイ・リエ「飯田橋から誘われる」18
マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21  最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28  鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37  若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47  佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64  及川俊哉『えみしのくにがたり』67
吉貝甚蔵「翻訳試論――漱石のモチーフによる嬉遊曲」72
西岡寿美子「ごあんない」76
     *
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鈴と桔梗
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書肆山田

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