文化審議会がまとめた「正しい敬語」の指針案の中で、「目上の人にご苦労さまというのは不適切とされたという新聞記事を読む。
6年程前に勤務していた会社は、社内挨拶が「ご苦労さまです」という一言で統一されていた。
年下の人には勿論、専務だの常務だのに向かっても、声を張り上げて「ご苦労さまです」という必要があった。
もし余所見でもして「ご苦労さまです」というタイミングを逃してしまったら、それは後で別室に呼ばれ怒られたり、また皆の前で叱責されるなどという酷い目にあったりする恐ろしい習慣だった。
「目上にご苦労というのは変なのでは」と異論を唱える人もたまにいたようだが、勿論そんな意見などはもみ消され「ご苦労さまです」が社内で飛び交っていた。
転職した私にとっては、目上の人に「ご苦労さまです」などということは口が裂けてもいえなかった。一度叱責された後は、お疲れと心の中で唱えてから「・・・さまでした」と小さい声で言っていた。
自分の中で何かが邪魔してどうしても「ご苦労」という言葉が出てこなかったのだ。
他にもどうしても馴染めない社風があり、その会社に勤務したのは僅かな期間だったのだが、その後風の噂で「ご苦労さまでした」を辞めたらしいというのを聞いた。
新人が大きな取引先の偉い人に、「ご苦労様です。」と言って怒らせて大変だったことがきっかけになったのだという。
言葉は生き物だし、時代とともに移り変わるものなのだろうが、やっぱりどうしても譲れないことはある。
このニュースを読んで6年ぶりにちょっとすっきりする。
6年程前に勤務していた会社は、社内挨拶が「ご苦労さまです」という一言で統一されていた。
年下の人には勿論、専務だの常務だのに向かっても、声を張り上げて「ご苦労さまです」という必要があった。
もし余所見でもして「ご苦労さまです」というタイミングを逃してしまったら、それは後で別室に呼ばれ怒られたり、また皆の前で叱責されるなどという酷い目にあったりする恐ろしい習慣だった。
「目上にご苦労というのは変なのでは」と異論を唱える人もたまにいたようだが、勿論そんな意見などはもみ消され「ご苦労さまです」が社内で飛び交っていた。
転職した私にとっては、目上の人に「ご苦労さまです」などということは口が裂けてもいえなかった。一度叱責された後は、お疲れと心の中で唱えてから「・・・さまでした」と小さい声で言っていた。
自分の中で何かが邪魔してどうしても「ご苦労」という言葉が出てこなかったのだ。
他にもどうしても馴染めない社風があり、その会社に勤務したのは僅かな期間だったのだが、その後風の噂で「ご苦労さまでした」を辞めたらしいというのを聞いた。
新人が大きな取引先の偉い人に、「ご苦労様です。」と言って怒らせて大変だったことがきっかけになったのだという。
言葉は生き物だし、時代とともに移り変わるものなのだろうが、やっぱりどうしても譲れないことはある。
このニュースを読んで6年ぶりにちょっとすっきりする。