熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ニューヨーク紀行・・・12 MET:ロッシーニ「セビリアの理髪師」

2008年02月17日 | ニューヨーク紀行
   「セビリアの理髪師」は、昨年、METライブ・ビューイングで観たのと同じバートレット・シャー演出の舞台だが、配役は完全に変わっていた。
   シェイクスピアや忠臣蔵と同様で、同じ舞台でも役者が代われば雰囲気が全く変わってしまうのだが、このオペラのように強烈な個性を持ったキャラクターの人物が登場するオペラでは特にそれを感じる。

   今回の注目は、ロジーナを演じるラトヴィアのメゾソプラノ・エリーナ・ガランシャのセンセイショナルなMETデビューで、METが、Debut Artists at tha Metで、筆頭にレポートしている。
   しかし、彼女の場合は、既にヨーロッパ各地のトップ劇場で十分にキャリアを積んだスター歌手で、特に、ウィーン国立歌劇場では、今回のロジーナの他にも、コシ・ファン・トッテのドラべラ、フィガロの結婚のケルビーノ、シャルロッテ、オクタヴィアン、アダルジーザ等で出演して名声を博している。
   METデビューには、芸術性、タイミング、経験、訓練、幸運が揃っていなければならないが、ガランシャの場合には、総て万全で準備は一切必要なく、ニューヨークの聴衆が期待するのは、彼女の芸術的な成熟である、とMETの音楽管理監督のクレイグ・ルーテンバーグが語っている。

   色々なロジーナの舞台を楽しんで来たが、確かに、演技も抜群の魅力的なロジーナで、どちらかと言えば、セビリア一の深窓の令嬢と言った感じの淑女と言うイメージではなく、一寸モダンでおきゃんな雰囲気を持った溌剌としたロジーナで、陽気でリズミカルに畳みかける様な軽快なロッシーニの音楽に乗って、実に小気味良くて清々しく、抑揚の利いた張りのある美しいガランシャの歌声を聴いているとうきうきしてくる。
   ウインクした流し目など実にコケティッシュで、細面のエキゾチックな表情が実に艶やかなので、アルマヴィーヴァ公爵ならずとも魅惑されてしまう。
   ベルリン崩壊直後に、隣のエストニアに行ったことがあるが、ラトヴィアは、バルト三国の一つで前はソ連の一部だったが、民族的には北欧の国、生粋のヨーロッパの一部であるので、ヨーロッパで大活躍するのも良く分かる。

   もう一人のデビュー歌手は、アルマヴィーヴァのホセ・マニュエル・サパタ。グラナダ生まれで、2001年にロッシーニの「イタリアのトルコ人」のアルバザールで、オヴィエドでデビューしており、ロッシーニのスペッシャリストだとMETは紹介している。
   2010年には、ルネ・フレミングと歌うと言うから成長は著しい。
   少しずんぐりむっくりでロジーナよりやや背が低くて、前回の貴公子然としたスマートなファン・ディエゴ・フローレスと比べると一寸公爵のイメージと違ってくるが、ロジーナを陥落させたいばっかりに、酔っ払いの兵士になったり、音楽教師の助手に化けたり、とにかく、ドタバタ喜劇の芸達者で、あまくてよく伸びるテノールが心地よく大いに楽しませてくれる。ドンキホーテの国スペイン、どこかに、こんなイメージの領主がいる筈と納得させてくれる。

   タイトルロールのフィガロを歌うのは、ミラノ生まれのイタリアのバリトン・フランコ・ヴァッサロである。
   2005年に、METで同じフィガロでデビューしているので、再登場であるが、同じイタリア人でも、ライモンディやレオ・ヌッチと言った個性派ではなく、どちらかと言えばパバロッティに似た明るくて陽気なイタリア人気質で、声も演技も正に打って付けのフィガロと言う感じで、ニューヨーク子が喜ぶのも無理はないと思った。
   ところが、私の周りにいた熟年カップル達の大半は、イタリア・オリジンであろうか、イタリア語が分かっていて、所々イタリア語で話していたが、やはり、オペラはイタリアのものだと言うことである。あのモーツアルトさえ、最後の魔笛はドイツ語だが、残りのオペラ総てはイタリア語で作曲している。

   何人もの美女を従えて、色々な商品や道具を満載した派手なボックス荷車に乗ってフィガロが登場するところから正に喜劇で、この雰囲気は、愛の妙薬のイカサマ師の舞台やエイドリアン・ノーブル演出のRSCのシェイクスピアの「冬物語」の舞台を思い出させて、ワクワクさせてくれる。
   とにかく、一介の理髪師、と言っても当時は外科医でもあり何でも屋であったのだが、この身分違いのフィガロに友達扱いされて、徹底的にずっこけて猿芝居を演じる公爵を登場させるなど、ボーマルシェの権力者に対する風刺もロッシーニに至って効きすぎていると言うところである。

   指揮は、フランス生まれのフレデリック・シャスリン。私は、始めて聴く指揮者だが、1997年からウィーン国立歌劇場のレジデント指揮者で、イタリアやフランスものの歌劇を110回以上振っていると言う。
   METへは、2002年のトロヴァトーレでデビューし、その後、「ホフマン物語」や「シチリア島の夕べの祈り」を振っており、あの徹頭徹尾浮き立たつような軽快で歯切れの良いロッシーニ節を存分に楽しませてくれた。

   私は、サウンドを楽しみながら劇を味わうと言うオペラの観方であるから、とにかく、ロイヤル・オペラでもそうだったが、ベルディとは違って、芸達者の歌手達によるロッシーニのオペラ、特に、このセビリアの理髪師は、聴いていて気楽だし実に楽しい。
   セビリアには、何度か行っているが、どのあたりを舞台にしたのであろうかと思うと一層興味が湧いて来る。
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