熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

團菊祭五月大歌舞伎・・・「極付幡随長兵衛」

2008年05月17日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   昼の部は、海老蔵の渡海屋銀平・新中納言知盛、魁春の典侍の局などでの「義経千本桜」の渡海屋と大物浦、それに、三津五郎の「喜撰」が演目にはあったが、結局、最後の「幡随長兵衛」が、メインの舞台。
   夜と入れ替わって、こちらの方は、團十郎が主役の舞台で、口入稼業ながら庶民のヒーロー、男の中の男一匹で、当時泰平の世で風紀が乱れて傍若無人に振舞っていた旗本と対峙して一歩も退かない男伊達の真髄を見せる。
   幡随は、幡随院の裏に住んでいたので幡随院長兵衛と呼ばれていたが、歌舞伎では演題が奇数となっているので「院」が取られた。町奴の頭領ながら、元武士の子息であり、それなりに風格があり、人格者であったのか人気が高かったようで、実際に、旗本水野十郎左衛門(菊五郎)によって騙まし討ちにあい風呂場で惨殺されたと言う。

   徳川家康が江戸幕府を開いて以降、300年近く戦いのない泰平の世の中が続くのだが、幡随院の場合には、1622年生まれで1657年に死んでいるから、江戸時代の初期の侠客で、その元祖と言われている。歌舞伎の舞台では老成した大親分に見えるが、水野の屋敷に死を賭して乗り込んだのが35歳の時で、幼い倅・長松(玉太郎)との別れが哀れを誘う。
   死に急ぎすぎた花のように散って行った侠客だが、海老蔵に合った舞台のように思って観ていた。

   一方、知行高が1万石以下の直参で御目見以上の格式のあった者が旗本で、その家臣は、実質何も仕事のない失業者のようなものだが、有り難い事に雇い主がいて食うに困らないので、タガが緩むとならず者のように徒党を組んで街を闊歩する厄介者となり、旗本奴と蔑まれて町民から鼻つまみ者扱いされる。
   財政が悪化して崩壊寸前なのに、泰平天国で親方日の丸で、首切りのない何処かの国の役人と同じ様な感じで、禄を食む侍がモラルが欠如し使命感を無くすと如何に恐ろしいかを示していて興味深い。
   その頭目の筆頭が、白柄組のヤクザな旗本水野なのだが、街のチンピラたちも旗本奴があるなら、町奴があっても不思議はないと徒党を組む、その町奴の頭領が幡随で、両者は犬猿の仲で悉く争っている。
   本来、両方とも、この歌舞伎の舞台に登場する二人のように威厳があって誇り高い分際ではなく、世の仇花である筈なのだが、何故か、歌舞伎では任侠の世界が人気のある舞台となる。

   この歌舞伎でも、花川戸長兵衛内の場で、家族や子分たちとの別れの席で、長兵衛が、女房お時(藤十郎)に、倅・長松には、こうした憂き目に逢わないよう堅気の商売をさせろと言い残しており、侠客としての任侠の世界を否定している。
   一方、この舞台では、湯殿の場で、水野が槍で長兵衛を突くところで終わっているが、水野の方も幕府から否定され、お咎めを受けて後に切腹を言い渡されている。
   水野を演じる菊五郎があまりにも風格が有り過ぎるので、イメージが一寸違ってくるが、武士の風上にも置けない不埒千万な旗本で、風呂場での幡随の潔さと男気に、「敵ながら天晴れ」とノタマウ台詞など、黙阿弥の極め付けの糾弾であり、アイロニーの極致であろう。

   尤も、幡随長兵衛の場合には、泰平の世となり、無用の長物になり下がった武士に対する庶民達の間に鬱積していた批判や鬱憤が明治時代の庶民の心と相通じるものがあり、それが伏線となっており、
   自分達の代表でありヒーローである長兵衛が、歌舞伎の舞台を無茶苦茶にした傍若無人な水野の家来をねじ伏せて仲裁に入った男気と大きさに溜飲を下げ、騙し打ちにあって殺されると分かっていながら、一人で敵陣に乗り込んで行って旗本と渡り合う長兵衛の勇気と潔さ、そして、男の中の男一匹の気概に感激して、男のロマンと美学に酔うと言うことであろうか。

   このような任侠の世界にしか、男のロマンを身近に感じることの出来る世界がないのかと思うと、一寸寂しいが、この第二幕「花川戸長兵衛内の場」は、実に上手く出来た舞台であると思う。
   水野家からの使いが来て酒宴に招待したいと言上し、長兵衛が、皆の説得も聞かずに潔く受けて水野家へ向かうまでの短い間なのだが、子分たちや女房お時、倅長松、弟分の唐犬権兵衛(梅玉)とのやり取りの中に、人間同士の義理人情の柵や思い入れ、忠義心や道義心、愛憎、切っても切れない人と人との心と情愛など命の叫びが渦巻いていて感動を呼ぶ。

   今回、お時を演じた藤十郎の一寸控え目だが何とも言えない情愛豊かで風格のある舞台が光っており、子役の倅長松の玉太郎の健気さ可愛さと相俟って、團十郎の長兵衛を輝かせていた。
   それに、如才のないボケ役で一服の清涼剤とも言うべき役割を演じていた三津五郎の出尻清兵衛が、中々良い味を出していて楽しめた。
   前回観た幡随長兵衛は、水野は菊五郎で同じで、長兵衛が吉右衛門で、お時が玉三郎であったが、この舞台も素晴らしい出来であったことを思い出した。
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