これまで、このパイレーツ・オブ・カリビアンのシリーズを見ているが、いつも孫のお伴。今回は、最近、海賊の本を2冊読んで、興味を持ったので、一人で出かけた。
非常にリアルに良く出来た海賊映画なので、当時の海賊像を反芻してみたいのと、史実とどれだけ違ったフィクションになっているのか、確かめてみようと思ったのである。
今回の映画は、永遠の生命をもたらすと言われる“生命(いのち)の泉”を巡って、史上最恐の海賊・黒ひげがその伝説の泉を狙って動き出した時、孤高の海賊ジャック・スパロウの前にかつて愛した女海賊アンジェリカが現れ、呪われた航海へと彼を誘うと言う設定だが、これに、英国とスペインの海軍の先陣争いが絡まっていて、元大海賊のバルボッサが、英国王に“生命(いのち)の泉”を探すことを誓って海軍将校へと寝返っていて英国海軍の船長として争うと言う込み入った話になっていて、三つ巴の競り合いが面白い。
バルボッサが仕えるのは、ジョージ2世(George II, 1683年11月10日 - 1760年10月25日)であるから、丁度、この頃に、海賊抑制改善法が、施行されて、海賊の取り締まりが厳しくなって、この映画でも、冒頭、英国の法廷で、海賊が裁かれる法廷シーンが出てくる。
政府も、このバルボッサのような名うての海賊を海軍将校として抱き込んで、海賊退治にあたらせたこともあったのかも知れない。
面白いのは、女海賊のアンジェリカで、スペインの修道院でジャックに誘惑され、修道女から女海賊へと大きく人生を変えたかつてジャック・スパロウが愛した女海賊として登場し、それも、黒ひげの実の娘だと言う設定である。
ところで、増田義郎教授の「海賊」で書かれている女海賊は、2人だけで、両人とも、この映画よりも少し前のジョージ1世の頃の海賊ジャック・ラムカの一味で、最後まで戦ったが、有罪の判決を受けて絞首刑が確定した。しかし、大きくなったお腹を見せて、刑の執行を猶予してくれと申し出たので、初めて、女性だと分かったのだと言う。
海賊船の憲法でも、女性の入団は禁止されていて、何者かが、女性を誘惑して、仮装させて海に連れ出したことが判明すれば、死罪となる掟があったので、女海賊の入り込む余地など皆無だった筈なのである。
尤も、二人の女海賊アン・ボニイとメアリ・リードの場合には、この海賊船に乗り組む前に、子供を儲けており、この船で、メアリをハンサムな若者と思ってアンが恋に陥った時、彼女から自分の性の秘密を打ち明けたのでお互いを女性だと知ったのだと言う。
したがって、この映画の見どころであるジャックとアンジェリカの男女関係は、現実には有り得ない話なのだが、お互いに愛していると言いながらも、ジャックが、無人島にアンジェリカにピストル1丁を渡して置き去りにすると言うラストシーンが面白い。
ところで、海軍将校に寝返ったバルボッサだが、人生の目的は、ただ一つ、自分を貶めた黒ひげに復讐することのみで、そのために、英国王の命令に便乗して命の泉を求めて航海する黒ひげを追って行き、復讐を遂げると、黒ひげの海賊船を没収して、海賊船の船長に戻ってしまうあたりは、当時の海賊事情をもの語っていて非常に面白い。
イギリスやフランスなどは、海賊か海軍か分からないようないい加減な私掠船を使って、スペインなどを略奪して外交を進めていて、エリザベス女王なども、海賊の頭目ドレークをナイトに叙して暴れ回らせていたのであるから、あの頃のヨーロッパ列強と言えども、ガバナンスはフェアどころではなかったのである。
もう一つは、この映画のサブ・ストーリーとして、宣教師フィリップと人魚のセリーナの恋の物語で、絶対に有り得ない成さぬ恋なのだが、最後に、セリーナが、フィリップを海中に引きづりこんで連れて行く。蒼井優に似た雰囲気の優しいムードのアストリッド・ベルジュ=フリスベの初々しさが何とも言えないほど素晴らしい。このようなピュアーな恋は、私などから見ると実に羨ましい。
聖杯に、命の泉の水を入れて、人魚の涙を加えて飲めば永遠の命を授かると言う話だが、セリーナは、フィリップの愛を感じて喜びの涙を流すところが良い。
海賊話に、全くそぐわない挿話だが、そんな爽やかな恋の物語は、清涼剤となり味があって面白い。
とにかく、3D映画の海賊スペクタクルは、暑気払いには格好の時間つぶしになる。
ホームページだと、次のように説明されている主人公キャプテン・ジャックスパロウのジョニー・デップのアクロバット顔負けの華麗で優雅な才気煥発の演技が秀逸。
”自由を愛し、海を愛し、酒と女を心から愛する孤高の海賊。持ち主が心から望むものへと導く<北を指さない羅針盤>から航路をさぐり当て、誰よりも華麗に船を操る。どんな危機的状況にあっても常に飄々としている男だが、その一方で、自らの目的を成就させる次の布石を抜け目なく打ってくる稀代の策略家。相手を煙にまきながら、いつのまにか有利に交渉ごとを進めていくその話術の巧みさは、まさに天下一品。“流血を好まない海賊”としても名を馳せる。”
先に、ピーター・T・リーソンの「海賊の経済学」の書評で触れたように、争いを好まず目的を遂げるなどと言うのは、海賊の鑑。ただし、海賊のキャプテンが、ジャックのようにあのような粋な天性のキャプテンであった筈はなく、殆どすべて、正に天下を恐怖に陥れて唸らせた黒ひげのような悪人であったということを忘れてはならない。
それにしても、女海賊アンジェリカのペネロス・クルスの魅力的なこと。セリーナのアストリッド・ベルジュ=フリスベ共々、海賊にやられ続けていた文明国スペイン人だと言うのが面白い。
非常にリアルに良く出来た海賊映画なので、当時の海賊像を反芻してみたいのと、史実とどれだけ違ったフィクションになっているのか、確かめてみようと思ったのである。
今回の映画は、永遠の生命をもたらすと言われる“生命(いのち)の泉”を巡って、史上最恐の海賊・黒ひげがその伝説の泉を狙って動き出した時、孤高の海賊ジャック・スパロウの前にかつて愛した女海賊アンジェリカが現れ、呪われた航海へと彼を誘うと言う設定だが、これに、英国とスペインの海軍の先陣争いが絡まっていて、元大海賊のバルボッサが、英国王に“生命(いのち)の泉”を探すことを誓って海軍将校へと寝返っていて英国海軍の船長として争うと言う込み入った話になっていて、三つ巴の競り合いが面白い。
バルボッサが仕えるのは、ジョージ2世(George II, 1683年11月10日 - 1760年10月25日)であるから、丁度、この頃に、海賊抑制改善法が、施行されて、海賊の取り締まりが厳しくなって、この映画でも、冒頭、英国の法廷で、海賊が裁かれる法廷シーンが出てくる。
政府も、このバルボッサのような名うての海賊を海軍将校として抱き込んで、海賊退治にあたらせたこともあったのかも知れない。
面白いのは、女海賊のアンジェリカで、スペインの修道院でジャックに誘惑され、修道女から女海賊へと大きく人生を変えたかつてジャック・スパロウが愛した女海賊として登場し、それも、黒ひげの実の娘だと言う設定である。
ところで、増田義郎教授の「海賊」で書かれている女海賊は、2人だけで、両人とも、この映画よりも少し前のジョージ1世の頃の海賊ジャック・ラムカの一味で、最後まで戦ったが、有罪の判決を受けて絞首刑が確定した。しかし、大きくなったお腹を見せて、刑の執行を猶予してくれと申し出たので、初めて、女性だと分かったのだと言う。
海賊船の憲法でも、女性の入団は禁止されていて、何者かが、女性を誘惑して、仮装させて海に連れ出したことが判明すれば、死罪となる掟があったので、女海賊の入り込む余地など皆無だった筈なのである。
尤も、二人の女海賊アン・ボニイとメアリ・リードの場合には、この海賊船に乗り組む前に、子供を儲けており、この船で、メアリをハンサムな若者と思ってアンが恋に陥った時、彼女から自分の性の秘密を打ち明けたのでお互いを女性だと知ったのだと言う。
したがって、この映画の見どころであるジャックとアンジェリカの男女関係は、現実には有り得ない話なのだが、お互いに愛していると言いながらも、ジャックが、無人島にアンジェリカにピストル1丁を渡して置き去りにすると言うラストシーンが面白い。
ところで、海軍将校に寝返ったバルボッサだが、人生の目的は、ただ一つ、自分を貶めた黒ひげに復讐することのみで、そのために、英国王の命令に便乗して命の泉を求めて航海する黒ひげを追って行き、復讐を遂げると、黒ひげの海賊船を没収して、海賊船の船長に戻ってしまうあたりは、当時の海賊事情をもの語っていて非常に面白い。
イギリスやフランスなどは、海賊か海軍か分からないようないい加減な私掠船を使って、スペインなどを略奪して外交を進めていて、エリザベス女王なども、海賊の頭目ドレークをナイトに叙して暴れ回らせていたのであるから、あの頃のヨーロッパ列強と言えども、ガバナンスはフェアどころではなかったのである。
もう一つは、この映画のサブ・ストーリーとして、宣教師フィリップと人魚のセリーナの恋の物語で、絶対に有り得ない成さぬ恋なのだが、最後に、セリーナが、フィリップを海中に引きづりこんで連れて行く。蒼井優に似た雰囲気の優しいムードのアストリッド・ベルジュ=フリスベの初々しさが何とも言えないほど素晴らしい。このようなピュアーな恋は、私などから見ると実に羨ましい。
聖杯に、命の泉の水を入れて、人魚の涙を加えて飲めば永遠の命を授かると言う話だが、セリーナは、フィリップの愛を感じて喜びの涙を流すところが良い。
海賊話に、全くそぐわない挿話だが、そんな爽やかな恋の物語は、清涼剤となり味があって面白い。
とにかく、3D映画の海賊スペクタクルは、暑気払いには格好の時間つぶしになる。
ホームページだと、次のように説明されている主人公キャプテン・ジャックスパロウのジョニー・デップのアクロバット顔負けの華麗で優雅な才気煥発の演技が秀逸。
”自由を愛し、海を愛し、酒と女を心から愛する孤高の海賊。持ち主が心から望むものへと導く<北を指さない羅針盤>から航路をさぐり当て、誰よりも華麗に船を操る。どんな危機的状況にあっても常に飄々としている男だが、その一方で、自らの目的を成就させる次の布石を抜け目なく打ってくる稀代の策略家。相手を煙にまきながら、いつのまにか有利に交渉ごとを進めていくその話術の巧みさは、まさに天下一品。“流血を好まない海賊”としても名を馳せる。”
先に、ピーター・T・リーソンの「海賊の経済学」の書評で触れたように、争いを好まず目的を遂げるなどと言うのは、海賊の鑑。ただし、海賊のキャプテンが、ジャックのようにあのような粋な天性のキャプテンであった筈はなく、殆どすべて、正に天下を恐怖に陥れて唸らせた黒ひげのような悪人であったということを忘れてはならない。
それにしても、女海賊アンジェリカのペネロス・クルスの魅力的なこと。セリーナのアストリッド・ベルジュ=フリスベ共々、海賊にやられ続けていた文明国スペイン人だと言うのが面白い。