熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

アンドレス・オッペンハイマー著「米州救出」

2011年07月17日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   一昨日、コメントした本書は、ラテンアメリカの凋落と米国の憂鬱(実際は、アメリカは何をなすべきか)と言うサブ・タイトルがついているので、特に、アメリカの対ラ米外交や経済政策についての論評を期待して読み進んだのだが、現実には、ブッシュ政権の対ラ米政策の誤りと、極端なアメリカの中南米無視ないし軽視姿勢についての記述に終始しており、面白かったのは、アジア、特に中国、アイルランド、ポーランドなど、ラ米と同様に遅れていた筈の国の快進撃の秘密を分析しながら、果たして、ラ米が、あのように、経済成長を遂げて近代国家にキャッチアップできるのかと言う点であった。
   それに、加えて、米国とラ米の関係・歴史的推移、アルゼンチン・ブラジル・ヴェネズエラ、メキシコなどラ米の大国の現状や問題点を分析しながら、最後に、新世紀のラテンアメリカのあるべき姿を展望している。
   アルゼンチン生まれのアメリカのジャーナリストで、マイアミヘラルドのコラムニストとして健筆を奮っているようだが、、血の騒ぎであろうか、半分、ラ米人としての視点から、ラテン・アメリカ関係について、貴重な論陣を張っていて、類書と一寸違った味がして面白い。

   ラ米が、不平等、不満、犯罪、ポピュリズム、資本逃避、貧困等等の益々深まりつつあるサイクルを破るために何をなすべきかのアイデアを集めるために、著者は、アジアやヨーロッパを回ったのだが、その政治的な傾向はどうであれ、生活水準を向上させ、貧困を削減している国々に共通点があるとすれば、それは、総て海外からの投資を惹きつけているかどうかと言うこと、この1点に尽きると言うのである。
   資本の着実な流入は、長期的な経済成長を達成し、雇用増大を助け、歴史を通じラ米を苦しめて来た景気急騰と急落のサイクルを回避させ得るであろうし、更に、本国を嫌って海外に逃避している膨大なラ米資産が、還流すれば、殆どの国が、先進国の域に達する筈だと主張している。
   世界最高の貧困率と最悪の富の不平等極まりない分配構造の更なる悪化で、治安状態の惨状は目を覆うばかりとなって、世界で最も暴力的な地域になり下がってしまった今、多国籍企業の多くが、ラ米への投資に消極的になる上に、一部の国家は、世界の潮流に反して、外資を排斥している。

   著者には、ラ米が、いつまでも、原材料輸出依存の経済発展モデルから脱却できないのではないかと言う強い強迫観念みたいなものがある。
   例えば、現在、中国は驚異的な大躍進によって、世界最大の原材料の消費国となり、膨大な原材料の輸入によって、原材料輸出依存度の高いラ米諸国の経済を潤しているのだが、中国は元々ラ米の資源にしか関心はなく、暢気に中国景気に浮かれていると、ラ米の第1次産品の依存度を増大させるだけで、世界の市場でより高い価格で販売される付加価値の高い輸出を生み出すことを妨げると言うのである。

   著者の経済発展の根幹をなすのは、グローバリゼーションによる外資の積極的な役割のほかに、資本主義経済そののもが、知識情報化産業社会に突入していて、原料が最も重要な富の源泉であった過去の世紀と違って、国家の富は、広い範囲でアイデアを生むことにある知識経済の時代だと言う認識であるが、多くのラ米の指導者は、この現実に全く気付いていないと言う。
   したがって、最終章「新世紀のラテンアメリカ」においては、世界のIT業界を背負って立つインドのIITの激烈な入試戦争と、入学試験さえなく入学生の20%しか卒業せず、学費国家負担で「万年学生」集団を生む抑制されない入学登録者数など腐敗の極に達しているアルゼンチンやメキシコなどの教育制度と対比させながら、紙数の殆どを、教育制度の改革と知識情報化、すなわち、知価社会への産業構造の転換への必要性を説いている。
   
   元々、農産物など1次産品で富を蓄え、安い雑貨や玩具や低価格のサービスの輸出から高度な製品の世界的な販売へと驚くべき速さで経済発展を遂げている中国やインドや東欧諸国と比べて、脱工業化社会へと経済産業構造を変革せずに、資源需要の旺盛な新興国や近接優位の米国市場を頼みにして、最近の天然資源や農産物などの商品価格の上昇を運良く祝いながら原材料採掘経済国として居残る限りは、ラテンアメリカ諸国の明日はないと言うことであろう。
   著者は、ブラジルの航空機メーカー・エンブラエルやメキシコの世界最大の建築材料供給会社セメックスなどのエクセレント・カンパニーを例示して、ラ米での産業高度化への萌芽を語りながら、世界中のその他の新興国や発展途上国の益々増大する資源、教育、科学的競争力から事例を取り込むことによって、経済発展を遂げて、短期間で劇的に貧困を削減でき、生活水準を向上させ得ると説いている。
   そして、ブラジル、ペルー、ウルグアイなどの責任ある左派あるいは中道左派政権の誕生で、社会的意識に目覚めた健全な経済運営が期待できるとしており、この政治動向と、中印などの成功例が呼応して、ラ米諸国の将来の指導者に強い影響を及ぼすであろうし、地域を新しいより繁栄した未来に向かって揺り動かすであろうと、結んでいる。

   巨大かつ複雑な地域で、全く、歴史や伝統、文化文明の背景を異にし、政治や経済社会体制の違った国の混在する中南米を、ラテンアメリカと言う一言で論じるのは、非常に危険だが、私の読後感は、オッペンハイマーが書いたこの本が、ラ米の真実だとすると、これまで以上に、ラ米諸国の将来に対して、悲観的になってしまったと言うことである。
   知識情報化産業社会へのグローバリゼーションの浸透によって、いくら、ラ米が、前近代的な閉鎖社会状態を維持しようとしても、文化文明の平準化は必然であって、遅かれ早かれ同化せざるを得ないと思うが、ラテン気質濃厚なメンタリティなり文化文明観を根本的に変革しない限り、ラ米が、中印など新興国経済発展モデルを模倣できる筈もないし、政治的な左傾化が、吉と出るか凶と出るかは、世情変化の激しいラ米では、まだまだ、未知数であるし、ラ米のトップや指導者とインタビューを重ねながら、お粗末な答弁を受け続けている著者が、何故、あまりにも簡単に、ラ米の将来について楽観的な結論に至ったのか、大いに疑問だと思っている。
   
コメント
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