熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

鈴木孝憲著「2020年のブラジル経済」

2011年07月22日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   新興国のエースBRIC’sの一国だと名指しされて、万年、「未来の国」だと言われ続けていたブラジルが、一挙に世界の注目を集め始めたのも、ほんの数年前。
   広大な国土に豊かな鉱物資源や農産物に恵まれた日本の23倍もある巨大な国家ではあるが、日本は勿論、驚くなかれ、ラリー・ローターの言だが、アメリカ人の殆どさえも、サンバ、カーニバル、美味しい食べ物、美しい海岸と言った程度の知識しかなく、ブラジルがどんな国か、良く知らていないようなのだから、正に、ベールに包まれた神秘の国なのである。
   今秋、某大学で、ブラジルをテーマにして、アングロサクソン社会と対比させながら比較文化論的な視点から経済や経営の話をすることになっていて、資料を集めて準備しているのだが、大きな書店を梯子して、ブラジル関連本のコーナーを探しても、ブラジルについて著した日本語の書籍は非常に少ないのである。
   1970年代のブラジルブームの時には、サンパウロに駐在してビジネスに携わっていたので、その時には、かなりのブラジル関連本や膨大な資料を持っていたので、あれば、比較出来て面白いと思ったのだが、残っている筈もない。
   結局、アマゾンを検索して、手っ取り早く、米英系の学者やジャーナリストが著した英語版のブラジル関連本を買い集めたり、エコノミストやニューヨーク・タイムズなどのアーカイブ記事を探して読み返したりして、理論武装(?)に勤しんでいる。

   ところで、著者の鈴木孝憲さんの本は、先年出版された「ブラジル 巨大経済の真実」も読んでおり、ブラジル駐在の経験のある日本人ビジネスマンとしてどのように現在のブラジルを感じ論じているのかを知りたくて、新刊の本書を遅ればせながら読ませて貰った。
   私は、米国製MBAで、それに、欧州でのビジネス経験の方がはるかに長いので、どうしても、アングロサクソン的な視点からブラジルを見る傾向が強いのだが、この本を読む限り、多少見解の相違はあるのだが、かなり、鈴木さんの論点に近い感じで、納得することが多かった。

   特に、私自身、以前に、このブログで同じことを書いたことがあるので、鈴木さんが強調している日本企業のあるべきブラジルへの対応姿勢などは大いに賛成である。
   ブラジルは、日本としては、BRIC’sの中でも最も真剣にアプローチすべき国だと思っている。
   何よりも、確固とした日本人への信用を築き上げた150万人の日系ブラジル人と言う血を分けた貴重な財産があることを肝に銘じるべきで、そのためにも、日本に働きに来ている日系ブラジル人の中にはいくらでも優秀な人材がいるので適切な人を選んで、日本で採用してコーポレート・カルチュアを理解してもらうためにも正社員として育てて、将来、ブラジルでの事業展開においてキー・パーソンとして働いてもらうことが、如何に、重要かつ適切な経営戦略であるかと言うことである。
   特に、ブラジルは、ラテン系の国であり、英米流のビジネスにどうにか慣れた日本人には、生活は勿論、ビジネス環境や政治経済社会の慣習などカルチュア・ショックの連続である筈で、ブラジルでのビジネスを成功させるためには、両文化に精通した日系ブラジル人のような信頼できるブリッジとなる基幹的な人材がいてアミーゴ関係を構築できるルートが必須なのである。
   日本企業が、海外での事業に齟齬を来している原因の大半は、ローカル事情を無視軽視した現地事業のトップ人事や経営幹部など基幹人材の起用にあることを考えれば自明であろうと思うのだが、いつまで経っても、日本の企業は、このことが分からないようである。

   さて、ブラジルが如何に素晴らしい国かと言うことよりも、もっと大切なのは、ブラジルの現状及びその内包する問題点を適格に理解することである。
   したがって、私にとって興味深かったのは、この本の第六章「更なる飛躍への課題」と言うところで論じられている鈴木さんの現在ブラジル論の視点で、構造改革から必要な行財政・税制の実態と問題点、産業政策とビジョン作りの必要性、「ブラジル・コスト」と称されている産業界の競争力を削いでいる諸要因、劣悪な治安問題などについて論じている。
   ここでは、2点だけ、コメントしてみたいと思っている。
   
   1994年に「レアル・プラン」実施で、ブラジルの慢性病であったハーパーインフレから奇跡的に脱却し、数次に及ぶ国際金融危機を乗り切り、経済のファンダメンタルズが徐々に改善されて来たのであるが、果たして、社会主義化してきたルーラ以降ジルマ政権に移行した現在、ブラジルの経済がどうなるかと言うことが、まず最初の私の関心事である。
   公的債務の対GDP比42.9%、財政赤字の対GDP比3.3%とそれ程深刻ではないが、大きな政府を志向するルーラ政権では、連邦政府の支出が年々肥大化の一途を辿って悪化しつつあると言うこと、この現実である。
   その背景には、特に、公務員の大幅増員が給与総額の増加で財政を圧迫し、更に、大統領・大臣の直接任命する特別職(行政職のトップレベル)として多くのPT党員や労組関係者を起用して、露骨に特定の政党の利害が国家機関に影響を与え始めており、しかし、非効率極まりない行政は一向に改善されず、国民への公共サービスは良くならないと言う。
   財政悪化の大きな原因は、社会保障関係支出(その大部分は年金関係支出)で、最低賃金の大幅増額による年金支給額の調整増額や人件費などの固定費増額の圧力が強かった所為だと言うが、更に、16万4000人の公務員が兼務もしていないのに連邦政府と州政府から給料を二重取りしていたと言う信じられないような話がスクープされている。
   これ以上深入りは避けるが、同じような現象が、ブレアの労働党政権に移ったイギリスでも生じて財政や行政の質の悪化につながったと言う説も根強く、破産直前のギリシャ問題の根幹にも、公務員の増加と常軌を逸した大盤振る舞いにあったことは周知の事実である。
   尤も、ルーラ政権が実施した最低賃金引き上げや、生活費補助制度などによる「飢餓ゼロ」計画などの貧民救済策などがブラジル経済を大きく底上げしたことなど総合的に考えなければならないので、これは、改めて論じたいと思っている。

   もう一つ、気になるのは、先日のオッペンハイマーの提起していた原材料輸出依存の状態が固定化して付加価値の高い産業構造への移行に齟齬を来すのではないかと言う論点である。
   GDPに占める工業の比率が、先進国並みの経済発展のピークに達しないうちに低下し始めている事実がある。
   著者は、年5%の成長を実現するためには、工業の発展は必須で、一次産品の輸出とサービス業では支えて行けず、このままでは、中長期的な国の発展の阻害要因になりかねないと指摘しているのだが、内需型の経済で国内市場が大きく、それに、コモディティに競争力があって輸出には心配なく、大豆や鉄鉱石を大量に買い付けている中国特需に胡坐をかいていても大丈夫と言う気持ちが、ブラジルにはあるらしい。
   それとは逆に、ハイパーインフレで壊滅的な打撃を受け、レアル高もあって、競争力のあった造船業が壊滅し、機械設備などの資本財工業はダウン、製靴、玩具、電気電子部品などは撤退・廃業と言う状態のようで、付加価値の高い未来志向型の知識産業への脱皮などは夢の夢で、気を吐いているのは中型航空機メーカー・エンブラエルだけと言うことであろうか。
   その上に、所謂、「ブラジル・コスト」と言う、重い税負担、世界トップクラスの高金利、不備で効率の悪いインフラ、安定しない為替レート等々、企業の競争力を削ぐ要因が目白押しで、産業界を泣かせている。
   
   ブラジルは、極めて、ポテンシャルの高い有望な国だと思うが、いまだに、政界は汚職塗れで、治安は世界でも最低で、夜、一人で、リオやサンパウロを歩けないと言う。
   そのブラジルが、ワールドカップとオリンピック開幕を目指して湧いている。
   不思議な国である。
   

   
コメント
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