熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

山田洋次監督「キネマの天地」を久しぶりに見て

2014年03月26日 | 映画
   先日、WOWOWで、山田洋次監督の「キネマの天地」を見た。
   1986年制作だから、劇場では見ておらず、確か、8ミリビデオを買って帰って、赴任先のロンドンで見た。
   山田監督のファンでもあったので、寅さん映画のビデオも、殆ど持ち帰っていたのだが、松竹の撮影所が、1936年に大船に移転する直前の1934年頃の松竹蒲田撮影所が舞台であると言うから、映画勃興期の戦前の日本風景や人物模様が見られると思って、非常に楽しみであった。

   僅かなシーンしか覚えていなかったのだが、今見ても、内容のある素晴らしい映画賛歌の作品で、自分自身の若かりし頃の思い出を反芻しながら、懐かしく見た。
   尤も、舞台は、私自身が生まれる以前の世界なので、懐かしさもない筈だが、あの人情豊かな古き良き日本の風物や人生模様は、まだまだ、私の若い頃には残っていたのである。
   時代を色濃く反映しているのは、思想犯とそれを追う刑事、そして、それを匿った田中小春(有森也実)に思いを寄せる後輩の島田健二郎助監督(中井貴一)が牢へ打ち込まれることくらいであろうか。
   コメディ俳優のマルクス兄弟の本を見て、マルクスを読んでいると言う刑事の財津一郎のギャグが世相を表していて面白い。

   この映画は、主役の田中小春のモデルは、田中絹代のようで、父親を演じる渥美清が、しがない馬の脚芸人のほろ苦い過去を背負いながら、必死になって娘を思いながら病苦に耐えている姿が、寅さんの世界とは、また違った味を出していて、感動的である。
   岡田嘉子をモデルにした川島澄江(松坂慶子)がシベリアへの逃避行で、穴の開いた「浮草」の主役に小春が抜擢されるのだが、駆け落ちを促されて断わる決定的なシーンで、ダメ出しの連続で絶望する小春。
   意気消沈して帰って来た小春に、父・喜八は一座の看板女優だった母との恋愛話を語って励ます。
   父が、結婚話を持ち掛けると、身籠っていた母が、断った時の様子を語り、実の子ではないことを明かしてしまうのだが、
   その示唆でインスピレーションを得た演技で撮影は成功し、映画は大人気を収める。

   この映画の封切日に、見に来た父・喜八は、銀幕の娘の映像を殆ど見ることなく、隣席のゆきの肩に頭を垂れて逝く。
   ラストシーンは、「蒲田まつり」で蒲田行進曲を歌っている小春を見ながら、島田から喜八の訃報を受けた小倉監督(すまけい)が、「娘の晴れ姿を見ながら死んだか、旅役者のおとっつぁんは」。
   影に日向に、小春を温かく見守る中井貴一とすまけいの演技が冴えている。

   新人女優の有森は、素人ぽさが残っていて初々しさが魅力だが、父の渥美清と、思いを寄せる隣家のおかみさん・ゆき(倍賞千恵子)が、実にしみじみとした滋味に溢れたサポートをしていて、また、その家族が、前田吟と吉岡秀隆と言う寅さん映画と同じなのが良い。
   尤も、この映画には、寅さん映画は勿論のこと、山田洋次監督映画の常連が目白押しで登場している。

   最近、落語に良く行くようになって、山田監督が、子供の頃満州で楽しみながら聞いていたと言う話が、良く分かるような気がして、寅さんもそうだが、実に、渥美清の話術の冴えが、抜群なのに感激している。
   それに、今回の脚本は、井上ひさし、山田太一、山田洋次、朝間義隆と言うことであるから、ストーリーの豊かさ味わいは格別である。

   この映画は、やはり、撮影所の映画つくりの現場の描写が実に興味深いし、それに、城戸四郎がモデルだと言う城田所長(松本幸四郎)や芸達者な監督たちの会話などが、実に、面白く、中小企業のものづくりを彷彿とさせて、飽きさせない。
   幸四郎の軽妙洒脱でスピード感のある所長役は、適役で、小使トモさんの笠智衆もほのぼのとした味を出していて実に良い。

   深作欣二の「蒲田行進曲」も面白かったが、この「キネマの天地」のしみじみとした人情味豊かな人間模様を描いた映画の感動は、捨てがたいし、当時の日本の文化史の一面を描写していて、記録としても貴重であると思う。
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