熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

7・ハンプトン・コートのホセ・カレーラス(その2)

2020年12月21日 | 欧米クラシック漫歩
   さて、三大テナーの一人で最も若い大歌手ホセ・カレーラスのリサイタルである。
   
   会場のベースコートには、かなりの数の客席のある仮設にしては立派な舞台と客席が設営されていて、オープンながら回りは王宮の建物に囲まれているので、テームズ側に面した緑豊かなロンドン郊外で、時々遠くを飛ぶ飛行機の爆音くらいで全く雑音がなく、ピュアーな空気の気持ちの良い雰囲気である。
   ところが、広い王宮に集ってピクニックを楽しみ、宮殿で王朝風の室内楽を楽しんでいる客にとっては、マイクで「お早くお席にお着きください」と伝えても馬耳東風。それに、王宮の建物の入り口がゲートで狭く一方向しかないので、開演が大分遅れてしまった。

   舞台は北に面していて、舞台の左手西側の王宮の正門側の建物から、ホセ・カレーラスが、ピアニストのロレンツォ・バヴァヒを伴って現われると盛大な拍手、  
   しかし、舞台まで王宮の横庭を横切るのであるから、結構距離があって、小さなカレラスが余計に小さく見える。
   屋外なので、ピアノ譜を譜面台にクリップで挟み付けてあるのだが、風が強くてペラペラ飛び始めたので、若い男が舞台に上がって、譜面代を抑えて、そのまま、ピアニストの右手に居を構えて助けた。

   カレーラスは、右手をピアノの蓋の端に掛けて、左手でゼスチャーを交えながら歌い始めた。
   これほどの大歌手でも、最初の曲は落ち着かず、少し声が上ずっている。精彩を欠いたカレーラスは、パバロッティのようにトランペットの如く極めて澄んだ美しいハイCを聴かせるわけではなく、ドミンゴのように甘く優しく時には激しく迸る情熱的な美しい声で歌うのではなく、ただのテノールではないかと言う感じになってしまう。
   尤も、コヴェントガーデンのロイヤル・オペラで、「カルメン」や「スティッフェリオ」などの舞台で、素晴らしいカレーラスを観て聴いているので、凄いテノールなのである。

   最初の曲は、スカルラッティの「ガンジス河からの太陽」。
   この日のプログラムは、17世紀から20世紀にかけての歌曲が中心で、ヴェルディは、数少ない歌曲から「乞食」と「乾杯」の2曲、他は、ボノンチーニ、ジョルダーニ、モノピウツリーナ、ファリア、トスティなどで、私には、初めて聞く歌曲ばかりであった。

   初めの頃は、カレーラスの舞台をじっと眺めて聴いていたが、途中から、プログラムの対訳を見ながら聴いた。
   感じとして分る程度では心許ないのだが、徐々に、カレーラスの調子が上がってきて、表現がドラマチックになってきた。
   あの実直一途の貴公子然としたスタイルが少しずつ崩れて、右手を時々ピアノから外して情感を込めてゼスチュア―を作り、張りのある美しい朗々とした歌声が帰ってきた。
   歌詞が、イタリア語やスペイン語のラテン系なので、ドイツ語のように気になる破裂音がなくてなめらかで美しく、こうなると三大テノールのカレーラスの本領である。
   最後のトスティの曲「私は死にたい」や「最後の歌」になると、絶好調で、胸に手を当てたり手を大きく広げて、激しく燃える思いを情感豊かに歌う。
   カレーラスの歌声は、美しいのみならず、実に真実味のあるしっかりとした凜々しい声で胸に響く。
   「最後の歌」は、ニーナというかっての恋人が嫁ぐ前の日に切々と歌う分かれの歌で、これは、パバロッティでもドミンゴでもなく、カレーラス歌ってこその曲である。
   カレーラスは、イタリアの名花カティア・リッチャレッリにも、このような素晴らしい歌声で、語りかけたのだろうと思うと絵になる。

   休憩は、90分あって、グラインドボーン音楽祭形式であるが、グリーンには、ビーフやポークのステーキ、フライドチキン、パスタ類は勿論、ワインなど飲み物などの屋台が沢山出ていて、ピクニックを楽しむには遜色がない。
   タキシードやイブニングドレスに着飾った客は、王宮のレストランへ消えて行く。
   私たちは、事前に軽食を済ませてきたので、フライドチキンとコーヒーで、気分転換に、夕暮れ迫るグリーンを散策し、宮殿に入って、クラシックな古典劇と古風な楽器の演奏を聴いて過ごした。
   
   少し残照の残る空に王宮の建物が電光に映えて美しい。庭に面した正面は、白色の電光の照り映えて複雑な彫刻が美しく浮かび上がっている。中庭に面した建物は、朱、黄色、青、緑と七色の照明を受けて生き物のように息づいている。

   再開されたコンサートの方は、辺りが暗くなって、カレーラスの舞台に電光が映えていて、そこだけ明るく輝いている。
   周囲の暗い煉瓦色の建物は、カラフルな照明に薄暗くシルエットのように浮かび上がって、明るいときにザワついていた舞台も、急に引き締まった感じで、さえたピアノの音に乗って、カレーラスの情感豊かに澄んだ美しい歌声が、観客を魅了する。

   この記録は、1993.6.22、
   思い出しながらのブログ記事である。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする