地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

師走の秩父路名脇役 (2) 7000系列

2012-12-13 00:00:00 | 地方民鉄 (秩父)


 リンク頂いておりますブログ『弐自宅Explorer』『Kereta Api』様によりますと、かねてから恩田のテクノにて秩父向け改造工事を受けていた衝撃の魔改造車両・7800系 (?) がついにその全貌を現したとのこと! いや~、私もこどもの国線車内から改造風景をチラ見するにつけ、早くテクノの屋外に出て来たところを拝んでみたい、激写してみたい……と思っておりましたので (私も『弐自宅』鮫故ヒ素様と同様、一般人の視線にも余りにも明らかなテクノ屋外に出て来たところで、情報流布は解禁と解釈しております)、「ううう~、仕事で恩田に寄れないときに限って表に出て来たか!」と思いつつも (これを狙って最近は恩田訪問の頻度を上げていたのです ^^;)、何はさておきこの稀代のヘンテコ魔改造車両を堂々と語れるようになったのは嬉しいですね (^^;)。何とも濃いぃ表情のマスクにW前パン装備という、一度見たら絶対に忘れない風貌は、サンパチならぬナナハチ (?) という尊称を多くのヲタから与えられることでしょう! あるいは、ナナハチといえばかつては東武7800系列でしたが、その名が秩父で蘇ったことを感慨深く思うものです……。
 というわけで、秩父の魔改造元祖と言えば7002Fですが、新たに超魔改造車が現れ、秩父7000系列のバリエーションが増えることを祝い、7002Fをアップ♪



 一方こちらは、すっかり秩父の最大勢力となった7500系~。登場当初こそ、大井町・田都でもないのに下ぶくれステンレスボディが来るとは……という不思議な違和感があったのも確かですが (^^;)、最近では逆に「7500も良いけど、8500系出自の7000系がもっと増えるなど、7000系列全体としての多様化が進まないものかなぁ~」と思っておりました (^^;;)。そこで、同じ8090系出自でありながら、全く独自かつ強烈な個性派である7800系 (?) が登場し、沿線で待ち構える楽しみが増えるというのは誠に喜ばしいことです☆
 とはいえ、7800系 (?) は1M1Tの2連。2000系 (元東急7000) の廃車後は長らく2M1Tの3連にこだわって来た秩父が、ここに来てMを2両から1両に削った2連を用意するということは、恐らく節電を兼ねて閑散区間or閑散時の運転スリム化を考えていることを意味するのでしょう。そこでいとも容易く予想できるのは……影森で系統分断がなされ、そもそも前回のダイヤ改正で日中約1時間間隔化がなされた平日の影森~三峰口間では、この2連1本が機織り運用されるという展開。そして行く行くは、2連の本数が複数になれば、休日についても系統分断が有り得るのかも知れません。すると、とりわけ山深く味わい区間で7800系 (?) の濃いぃ走行シーンが展開することになる反面、とくに日中3連が影森から先に入線する機会は稀になって行くことでしょう。したがって、実はこんな感じで末端部を行く7500系3連を記録しておくのも貴重なことなのかも知れません。

上信電車探訪 (4) 旧塗装デハ205

2012-12-12 00:00:00 | 地方民鉄 (関東北東部)


 鉄コレ西武401系は、何と駅売店での一般販売初日に瞬間蒸発してしまったそうですが (スゲー!)、西武401系と同じ側面窓割りを持ち、かつ西武所沢工場製であるがゆえに、兄弟車両として是非鉄コレ化を!と勝手に期待せずにはいられないのが、上信の至宝・デハ20です♪ (もっとも、今のところ上信から鉄コレは出た先例はありませんが……^^;; それに、今回の鉄コレ401系は通常屋根、デハ205は張り上げ気味な屋根という違いも大きく……滝汗)
 上信のオリジナル車として長年主力の座に君臨してきたデハ200・クハ300のうち、初期の一段窓車は東洋工機製となっていますが、1969年製の後期二段窓車は西武所沢製ということで、正面こそ上信オリジナルデザインであるものの、側面は如何にも!な感じの西武3扉車スタイルとなっています。そんな二段窓車のデハ204・205は、後に単行運転対応用として両運転台に改造されていますが、何と増設運転台として接合されたのは東武3000系のマスク! さらにデハ205は近年復活旧塗装となり、ローカル私鉄ファンの注目を集めているのは周知の通りです☆



 そんなデハ205、何度も撮りに行きたいのはやまやまですし、出来れば高崎方・東武顔の復活旧塗装姿も激写することで西武と東武の麗しき (怪しき? ^^;) コラボを味わいたいものですが、結局なかなか上州まで足を延ばす時間がなく、今のところ旧塗装デハ205を撮影したのは、昨年7月のデキ復活運転の際にデキの併結相手として選抜された際の一回のみ。高崎方・東武顔は、未だ撮影しておりません (^^;)。まぁ個人的には、上信を訪れてもお目当ての車両がそもそも動いておらず、ド派手広告車の嵐で期待が裏切られることが何度もありましたので、こうして曇っている日に入換風景を撮影出来ただけでも超ラッキー!と思わなければなりません (笑)。
 もっとも、その後約1年4ヶ月にわたって、折角撮った特選車両の画像をPC内に放置しているあいだに、上信電鉄から超重大情報が発表されました。何と!6000系以来約30年少々を隔てて、久々の自社オリジナル新車を製造するとか……! その新車の画像は、側面窓が何やらJRE「走るんです」を彷彿とさせるのは御時世ゆえ致し方のないところですが、その他は基本的に純粋なオリジナル新造で、きちんとした塗装も施されるとか! 現在のところ、沿線高校の生徒にデザインさせた案を示して人気投票アンケートを行っているようですが、少なくともミ○○カのような偏った自己満足ぶりは感じられず、むしろ水と緑に恵まれた上州路を走る電車にふさわしいデザインを高校生なりに必死に考えたことが感じられ好感が持てますね……。1980年前後と同様、地方私鉄界に明るい話題を投げかけようとする上信の新車は本当に楽しみですが、こりゃぁいよいよ非冷房デハ200の将来は先行き短いだろうなぁ、と思えるわけで (たとえ編成を組むクハ300が冷房改造されているとしても)、また改めて時間を確保してデハ205の活躍を記録してみたいものです。
 そういえば、高崎で倉庫代わりとして放置されているクモハ&クハ103 (元西武451) がこの旧塗装になったそうで、これもそのうち是非撮らねば……!

第四ジャカルタ炎鉄録 (21) エコノミー客車

2012-12-11 00:00:00 | インドネシアの鉄道


 先日、某近鉄系旅行会社主催ツアーのカモになっている両親宛に、海外の旅・新春号と銘打った冊子が届き、個人旅行派の私もメシを食うついでにつらつらと眺めることで旅行市場の簡単なリサーチ (というほどでもないか……^^;) をしているのですが、最高に驚くべきことに……そしてまさに時代の画期とでも言わんばかりに、中国・韓国ツアーの案内が全く載っていないことが発覚! いや正確には載っているのですが、「興味のあるヤツはこういうツアーがあるのでHPにアクセスせよ」と至極簡単に書いてあるのみで、具体的な写真やツアー日程の類は完全省略!! その代わりに、燃油サーチャージの値下がりや年末年始の休みのつながりの良さ (私は関係ありません。汗) のために人気沸騰といわれる欧州・米州のページが補強されているとともに、東南アジア各国が大大増ページ!! 数年前はあれほど中国・韓国が旅行市場としてアツいと喧伝されていたのに、まさに「花の色は移りにけりないたづらに」いやいや「諸行無常の響きあり」ですな……。まぁひとえに中○共○党と李明○が墓穴を掘ったためとしか思えませんので、割を食った旅行業者の皆様には御見舞い申し上げたいところですが、そういう潜在的なリスクを見抜けずイケイケドンドンであったわけですから、同情は致しません。
 その代わりに、インドネシアの扱いの急増ぶりは目覚ましいものがあるわけですが、それでもツアーが寄らないのが首都ジャカルタ (笑)。ホント、目ぼしい観光地がない商業都市の悲しさですなぁ……。鉄ヲタ的には他の如何なる観光地よりも究極のワンダーランドであるのですが (^O^)。しかし、そんなジャカルタを訪れる鉄ヲタのほとんどからも注目を集めることなく、地味~に走っているのが3等客車列車です。



 とはいえ、個人的にはボロ客車も大好きでありまして、昨年にはよりにもよって最もボロいロングシート客車に乗って日帰り旅行をした手前、オレンジとブルーの非冷房3等=エコノミー客車が来ると必ず撮影しております♪ もっとも、そんなエコノミー客車列車も、インドネシアの急激な発展やジャカルタの鉄道事情の変化により、いろいろと転機を迎えつつあるような気がしております。
 1枚目は、ジャカルタ・コタから、清涼な古都バンドゥン (但しバンドゥン駅には停車せず、西郊のパダララン駅、東郊のキアラチョンドン駅で客扱い)、そして風光明媚なプリアンガンの高原を経てクロヤに至る急行「スラユ」です。昼行 (朝出発のためpagi) と夜行 (malam) の計2往復があり、バンドゥンから東の山岳地帯や漁港などからジャカルタに向かう庶民のための列車として根付いてきた……ようなのですが、あれれれ……たったの6両編成とは (-_-)。驚異の大爆煙に歓喜を覚えつつも (^O^)、編成全体としてはイマイチ軽快に過ぎるような気がします。しかも、通過時に車内を見ると、レバラン直前7日にはまだ入っていないためか、結構空いているという……。これならそのうち体験乗車してみたいものだなぁと思う反面、やはりバスに客を奪われる現象は非冷房エコノミーでも同じなのだろうか、と懸念せざるを得ません。
 いっぽう2枚目は、スルポン~バンテン線の客車鈍行。ジャカルタに出入りする鈍行列車は総じて沿線自治体から補助金が出ているらしく、運賃が恐らく非冷房バスと比べても衝撃的な安さで抑えられていますので、こちらはいつ見ても長大編成で混み混みです (汗)。スルポンまたはパルンパンジャン往復の日本中古電車に混じり、時間によって30分~2時間間隔という結構な頻度でやって来ますので、まぁ1980年代までの常磐線上野口旧客鈍行と雰囲気が似ています (笑)。しかし……リンク頂いております『JABODETABEK COMMUTERS NEWS』様によりますと、近々予定されているダイヤ改正により、スルポン~バンテン線の客車列車は全てタナ・アバン折返となり、現在のように環状西線に直通してドゥリorジャカルタ・コタまで行く光景は見納めとなるとか……(既にパサール・スネン行が廃止されてドゥリ折返となっているわけですが)。こんな感じで何となく、夕方の賑わいが始まる前の線路市場 (まだ猛烈に暑くて人がいない……笑) を通過するシーンを撮ったのも昔語りになるのですねぇ……(遠い目)。とにかく、こんな展開からしても、ジャカルタの鉄道シーンは激しい変化の真っ直中にあるわけで、来た列車は一期一会!全て撮る!という覚悟が必要なのだろうと勝手に思っております (^^;

師走の秩父路名脇役 (1) 西武4000系

2012-12-10 00:00:00 | 都市民鉄 (首都圏)


 一昨日の秩父1007Fさよなら運転に引き続き、昨日は西武新101 (301) 系非ワンマン車のさよなら運転が盛大に開催されたようですが、残念ながら私は2日連続で奥武蔵~秩父方面へ足を運ぶことは叶いませんでした。まぁ、池袋線における新101系の最後の活躍は、池袋にほど近い事業所を訪れたついでに何度か記録出来ましたので良しとします……。
 とはいえ、当面101系の魂が秩父の旅から消えることはありません! 秩父6000系はモロに西武新101系ですし、西武NRA及び4000系も下回りは101系の流用品! 101系そのものは来なくとも、4000系のゆったりとしたボックスシートに身を委ねて耳を澄ませば、難路へと分け入って行く確かな意志を秘めた密度の濃いサウンドを味わうことが出来るのです……。そんな4000系、今回の秩父訪問でも東飯能からの往復で大いに楽しみましたし、先月発売されたマイクロ模型も登場時菱パン姿を購入してしまいました (*^^*)。 



 それにしても、今回久しぶりに西武秩父線に乗って痛感したのは……所謂「山ガール」の激増! 前回4000系に揺られて正丸峠を越えたのは2010年3月の雪の平日ですが (しまった……そんなに時間が過ぎてしまったとは!-_-;)、その日は勿論のこと、それ以前の土曜休日でもこんなに4000系に20~30台の「山ガール」なんていなかったはずだ!と思うにつけ、「山ガール」は「カメラ女子」ともども都市伝説ではなかったのだ……という事実を痛切に思い知らされます (爆)。1007Fを撮影し、御花畑駅前で蕎麦 (※) をすすったのち池袋行に乗った帰路は、影森から池袋行に乗車された「きえふにいさん」様と横瀬で合流し、東飯能まで反省会 (?) ならぬ歓談を楽しんだのですが、その際にも「何でマジでこんなに山ガールが多いのか。しかも平均よりも明らかに知的で可愛い系である……。そして若いヤローは見かけない。しっかりしろヤローども。明らかに男女の住む世界が違うことが少子化の一因でもある」という議論で一致した次第です (>きえふにいさん様……ここまで一致していなかったらスミマセン。^^; 爆)。「あ~あ、90年代にバリバリ山屋をやっていた当時、これだけ若い異性が山を歩いていれば、例えば休憩スポットでの楽しい会話から始まって、あわよくば自分の人生は全然違っていたのかも……。こんな古い電車を追いかけ模型をシコシコいじる孤独なヲッサンに身をやつすよりも、もっと健康で文化的な家庭生活を享受出来ていたに違いない」とゴニョゴニョ……(滝汗)。もしもしそこのお嬢さん、ハードコアでマニアックな鉄ヲタ活動との兼業を許して頂ければ、いくらでも四季折々の魅力ある山へとエスコートして差し上げましょう (安月給ですが)……と、こんなところで言っても無駄でしょうか (苦笑)。
 をっと話題が大幅に横道に逸れてしまいましたが、副都心線と東横線との直通を約3ヶ月後に控え、東急各駅にも宣伝ポスターがデカデカと掲げられている昨今……元町中華街まで行くのは当然として、西武秩父まで行くというのは誇大広告なのでは??と思う次第 (汗)。西武4000系が副都心・東横対応であるとは到底思えないわけで、かりに行楽シーズンに東横線から西武秩父線内への直通快速急行が走るとすれば、東急5050系が西武秩父まで直通??という、延々と「走るんです」に揺られてトイレにも行けない凄惨な光景を思い浮かべるしかないのですが (田都線内から館林・太田までのフラワートレインもイマイチ使い勝手が悪いですし)、あるいは将来別に何か特別な車両を用意するのでしょうか? それによって、機器流用車である西武4000系の寿命が縮まないことを祈るばかりです……。

 (※) 今回は秩鉄商事系の蕎麦屋が閉まっており、初めて駅斜め向かいの店で食べたのですが、何とここも美味い……。かき揚げの香ばしさが絶品……。秩鉄商事系の店には「当店が元祖」という貼り紙がベタベタ貼られていましたので、意外と御花畑駅が立ち食い蕎麦激戦地になっているのかも知れません。

秩父鉄道チョコバナナ1007F・最後の雄姿!

2012-12-09 00:00:00 | 地方民鉄 (秩父)


 秩父鉄道では周知の通り、老朽化の極みに達した1000系を置き換えるために、東急から続々と8000系列を購入し7000・7500系として就役させているところです。そしてこのたび7507Fと入れ替わりで (?)、80年代半ばにお目見えしたチョコバナナ旧塗装を復活させた1007Fが引退することとなり、昨日は熊谷~三峰口間にてさよなら臨時急行 (急行料金不要) が運転されました。
 個人的には、チョコバナナ塗装の登場当初は「マジかよ……小豆濃淡の方が秩父らしいのでは?」と少年ゴコロに思ったものですし、とりわけ国鉄101系改め1000系がこの塗装を纏って大増殖して100・800系を追いやったことに深く落胆したものですが、それからさらに歳月を重ねてヲッサンとなり、101→1000系もチョコバナナ塗装もひとえに昭和の良き思い出としてしみじみと痛感されるようになったことで、チョコバナナの復活にも過去を全て懺悔し、諸手を挙げて歓迎して今日に至っております (^^;)。しかし残念ながら、なかなか忙しく秩父が遠く感じられる日々が続き、全然撮り貯めることが出来ないまま引退が告知されてしまいました (-_-;)。そこで「せめて最後だけでも完璧に撮りたい!……今から20数年前に初めてチョコバナナを撮影した冬晴れの秩父訪問と同じく、澄み切った空の下を行くシーンを拝んで永遠のお別れとしたい!」と思いまして、勇躍西武秩父線経由で久しぶりに秩父谷を訪れたのでした。



 今回の訪問・撮影にあたっては、まずある意味で究極の選択が待っていました。それは……臨時急行及びその前後の各停のスジ、並びに三峰口での1000系残存4編成大集結撮影会の時間設定からして、「乗れば三峰口で撮影会に参加出来るものの、沿線では撮れない。沿線で撮れば三峰口の撮影会に参加出来ない」というもの。熊谷での記念切符&入場券販売→臨時急行での乗車証配布→三峰口での撮影会と記念切符&入場券&物品販売……という感じで、他の一般客への影響を最小限にしつつ、集結するヲタを一定の流れに乗せて捌こうという思惑が濃厚に見てとれます。そこで「乗って撮影会に参加する」という選択肢もありましたが、「そろそろ1000系も激減モードに入り、地方私鉄ヲタの他に国鉄・JRヲタが参入する度合いが一層加速し、滅茶苦茶な混雑になったらイヤだなぁ……。これでは多忙のストレス解消を兼ねて秩父の静かな雰囲気に浸ることも出来ない。今回の趣旨はあくまでチョコバナナ旧塗装に別れを告げることである以上、他の色との並び云々はさておいて、あくまで沿線での力走シーンを激写することに集中しよう」と思ったのでした。
 そこで、ド順光を狙え、かつ個人的に気に入っている駅の付近に狙いを定めて待ち構えてみたところ……完璧なウルトラスーパー順光!!\(^O^)/ しかも上下列車とも、たった一人で撮影!!v(^O^)v いやはや……最後のチョコバナナ編成を、ほとんど誰も注目しておらず他に撮り鉄を見かけなかった80年代の冬の秩父と全く同じ雰囲気の中で撮影出来たとは……心の底からの喜悦を感じずにはいられません。撮影直後に側面を見てみたところ、ラッシュアワーの寿司詰め同然の壮絶な混雑 (^_^;) であったことも、我が選択の的確さを補強して余りあるものがありました♪ そして、チョコバナナ1000系が登場して早くも20数年……その間に流れた時間と様々な出来事をしみじみと感じつつ、去りゆく1007Fの最後の雄姿を見送ったのでした。1007F、長い間お疲れさまでした!さようなら!!
 
 なお昨日は、別の沿線某所に出動されていた「きえふにいさん」様に大変お世話になりました! ケータイによる通過列車情報の交換、そして帰りの西武快速急行での楽しい反省会 (?) など……基本的に単独行でも、ある路線を同時にリアルタイムで情報交換しつつ攻略するというのもまた楽しからずや、ですね (^O^)。
 あとそういえば、今朝は一番列車で出掛けて朝9時前後に三峰口に着くはずであったところ、何と寝坊してしまった! (@o@) 目覚ましをかけ忘れたためですが、しかも明け方に見ていた夢は……駅で1007Fを待ち構えていたところ、車体に雲や枝の影がかかって激しくマダラ模様になり、内心発狂するという壮絶な悪夢 (爆)。さらに撮影直後、何とも悪い気分のままそのまま乗ったところ、何と車内がメトロ5000系で (^^;;) またまた腰を抜かしたという……(滝汗)。そこで「うわぁぁ!何だこりゃぁ!」ということで目覚めたところ、完全に寝坊しており「これはもう1007Fに見放された……」と暗澹たる気分になったのでした。それでも布団の中で速攻で時刻表を繰ったところ、あと10分で身支度をして出発すれば池袋8:05発の快速急行に東飯能で合流出来ることが発覚!! これなら三峰口に停車中の編成を順光撮影するというメニューも辛うじて盛り込みつつ、1007Fそのものは余裕を持って場所取りをして撮影出来る……。要するに、撮り鉄の神 (?) は私を見捨てていなかったのです。目覚め時の悪夢が転じて、このような激写につながったことの喜びをもかみしめずにはいられないのであります……。