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ミステリ感想-『盤上の夜』宮内悠介

2018年12月11日 | ミステリ感想
~あらすじ~
囲碁、チェッカー、麻雀、古代チェス、将棋…5つの卓上遊技に命を懸けた人々たちの歴史と物語。

2012年このミス10位、日本SF大賞、直木賞候補


~感想~
大傑作短編集。今年読んだ本の中で一番面白かった。
SFの賞を受賞し、直木賞の候補にも選ばれたが、終わってみれば上質の本格ミステリとしても読めてしまうものがいくつもある。

冒頭の表題作からして衝撃的。中国旅行中に都市伝説のダルマにされ性奴隷となった女が、囲碁の才能に目覚め自由を勝ち取り日本棋界に殴り込みをかける、という「C級エロマンガかな?」という冗談のような設定で、しかも神経接続されたように碁盤と一心同体になっているという「R-TYPEの裏設定かな?」という要素まで加え、その半生と彼女を支える師匠との交流まで描き切っておきながらたったの38ページという驚愕の内容。

つづく2編目「人間の王」はチェッカーというマイナー卓上ゲームの伝説的プレイヤーについて描かれ、その業績が恐ろしい。「プロ入り後は生涯で3敗」「タイトル戦無敗」「完全解を出したAIにも負けない」等々、全盛期のイチローのコピペや、ルーデルやシモ・ヘイヘのアンサイクロペディアを思い出させる化け物っぷりで、これが架空の人物ではなく実在という恐ろしさ。この一編を読むだけで、いやマリオン・ティンズリーという人物を知っただけでも元が取れるだろう。

3編目「清められた卓」では架空の麻雀対決が描かれ、まずメンバーがプロ雀士、サヴァン少年、美人教祖、教祖の元カレの精神科医という4人で、あまりに異常な対局だったため記録から抹消されたタイトル戦という設定からして面白すぎる。
期待通りにそれぞれの特徴を活かしながら白熱の対決が繰り広げられ、しかも終わってみれば本格ミステリ的な解決が着くという贅沢な一編で、自分の中では「ギャグマンガ日和」の「麻雀」、「ムダヅモ無き改革」のヒトラー VS ローマ法王に並ぶ新三大麻雀名勝負に数えられる。
また他の作品はゲームについて通り一遍の知識があれば十分だが、本作に限っては麻雀に詳しければそれだけ駆け引きの妙味や、異常性をよく味わえるだろう。

4編目「象を飛ばした王子」は脚色を交えつつ古代チェスを発明した実在人物の伝記が描かれ、にも関わらずまたも本格ミステリとして着地してしまい、収まるべきところに全てが収まり大興奮した。はなからあからさまに結末を暗示しておきながら、まさかこういうふうに収まるとは思わなんだ。

5編目「千年の虚空」は将棋の話で、フィクション臭が強すぎて個人的にはさほど楽しめなかった。

6編目「原爆の局」は、これも斯界では有名なのかも知れないが、原爆投下のその日に広島で行われていた本因坊戦という実話にまず驚かされる。
そして1編目に登場した師弟が再登場し、観念的な方向にすっ飛んで行くのだが、そのさなかに走馬灯のように本作で描かれた様々な要素がフラッシュバックする手法に脱帽。
各編の記憶が次々と蘇り、物語の中に引きずり込まれるような感覚すら覚えた。

自分のつたない筆力とSF知識では本作の魅力の一部しか伝えられないのが口惜しい。
特殊かつ突飛な設定が多く、読者は選ぶかも知れないが、刺さる人には心の奥底まで突き刺さるだろう稀有な短編集である。


18.12.4
評価:★★★★☆ 9
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