先ほど終わったフジテレビ、なんと言うのかな「報道2001」か、猪瀬もと都知事が出ていた。健在だね。
意思決定が戦後も戦前も同じで縦割りだというのが問題だと言っていた。忘れてはならない視点だが、組織というもの、あるいは党派というものがある限り日本だけの欠陥(長所の場合もあるのだが)ではなかろう。アメリカでも同様ではないか。もしアメリカが現在に至る歴史で縦割りの欠陥面が国策を誤るまでに表面化していないとしたら、その理由を、我が国との違いを究明しなければなるまい。
それにはしかるべき理由があるのか、単に幸運に過ぎなかったのか。大いに論じなければならない。この観点から日本の明治維新以降を分析するなら三期に分かれよう。明治から大正末年まで、大正末年から終戦まで、そして戦後である。
大正末年まで縦割りの弊害を阻止したのは維新の元勲すなわち元老達である。明治維新が成功しなければ日本は欧米の植民地になっていたことには何の疑いもない。明治の日本の指導者の念頭を片時も離れなかったのは、欧米という肉食恐竜から身を守ることであった。したがって、外部の情勢蒐集につとめ、我が国の国力を冷徹に把握した。そして国際協調というか組むべき同盟相手を慎重に選択した。すべては元老達の合議によるもので、制度的な裏付けはない。ないからうまくいったということだ。しかしもちろん、制度的な裏付けがないことが生き残りの条件ではない。結果的に彼らの判断が正しかったということである。
元老達が鳩首談合したのは制度的裏付けに基づく物ではない。大正末年最後の元老山県有朋が死去すると、縦割りの上に君臨し調整する装置はなくなる。皮肉にも明治の元老達が苦心して完成させた官僚制度がようやく送り出した鬼っ子(精華)である官僚制度が肥大完成の極に達した。そしてもっとも完備した官僚制度は陸軍と海軍である。ここで猪瀬氏の説と繋がる。
意思決定が戦後も戦前も同じで縦割りだというのが問題だと言っていた。忘れてはならない視点だが、組織というもの、あるいは党派というものがある限り日本だけの欠陥(長所の場合もあるのだが)ではなかろう。アメリカでも同様ではないか。もしアメリカが現在に至る歴史で縦割りの欠陥面が国策を誤るまでに表面化していないとしたら、その理由を、我が国との違いを究明しなければなるまい。
それにはしかるべき理由があるのか、単に幸運に過ぎなかったのか。大いに論じなければならない。この観点から日本の明治維新以降を分析するなら三期に分かれよう。明治から大正末年まで、大正末年から終戦まで、そして戦後である。
大正末年まで縦割りの弊害を阻止したのは維新の元勲すなわち元老達である。明治維新が成功しなければ日本は欧米の植民地になっていたことには何の疑いもない。明治の日本の指導者の念頭を片時も離れなかったのは、欧米という肉食恐竜から身を守ることであった。したがって、外部の情勢蒐集につとめ、我が国の国力を冷徹に把握した。そして国際協調というか組むべき同盟相手を慎重に選択した。すべては元老達の合議によるもので、制度的な裏付けはない。ないからうまくいったということだ。しかしもちろん、制度的な裏付けがないことが生き残りの条件ではない。結果的に彼らの判断が正しかったということである。
元老達が鳩首談合したのは制度的裏付けに基づく物ではない。大正末年最後の元老山県有朋が死去すると、縦割りの上に君臨し調整する装置はなくなる。皮肉にも明治の元老達が苦心して完成させた官僚制度がようやく送り出した鬼っ子(精華)である官僚制度が肥大完成の極に達した。そしてもっとも完備した官僚制度は陸軍と海軍である。ここで猪瀬氏の説と繋がる。