黒い牛乳と言うとてもおどろおどろした名前の本である。「黒い牛乳」冬幻舎刊740円。著者の中洞正氏は、岩手県で山地酪農を営み、自ら製品化して販売している酪農家である。昨年は「幸せな牛からおいしい牛乳」コモンズ社刊、という本も出版している。
内容的には、前書とかなり重なるが酪農に直接かかわりのない人にはこちらをお勧めしたい。現在の日本の牛乳は、生産過程を販売過程で大きな問題を抱えている。中洞氏はこれらを解決するために二つのことを行った。一つは農協との決別である。もう一つは自らが加工販売所を作り販売することである。
日本の乳牛は大量の輸入穀物を食べさせられている。これ自体が問題ではあるが、中洞氏は山地を切り拓いて牧草地にした。牧草は一般的なオチャードやチモシーではなく、岩手の山に元々ある野シバと呼ばれるものである。しかも何も手を加えなければ、勝手に野シバになってしまう。日本の殆どが山地である。今はかなりの面積が放置されている。中洞氏はその活用にとの提言も行っている。
日本の牛乳の殆どが、超高温殺菌である。しかも元々大きな粒子の脂肪球を切り刻んでホモゲナイズしたものである。著者はこの牛乳を焦げ臭い「黒い牛乳」と呼ぶのである。中洞氏の販売するは低温殺菌牛乳で、ホモゲナイズしていない。
超高温殺菌は、120~135度Cで1~3秒で処理する。誠に手早い方法で、大量に処理できる。これに対して、低温殺菌は、63~65度Cで30分間処理する方法である。真に手間がかかる。農家から直接牛乳をもらうことが少なくない。僅かに温めた牛乳は香も味も最高である。こうした牛乳を消費者に届けたいと、中洞氏は思ったのである。
また著者の牛はほとんど牛舎がなく、搾乳時に自分で帰ってくるだけの手間である。牛は自然の状態にとても近いと言える。自然に任せておけば何もすることがないと、著者は言う。
中洞氏のような飼養形態だと、沢山牛乳を出荷してくれないし、餌を買ってくれないし、設備投資もしてはくれないし、牛は病気にならないので獣医師もいらないし、いわゆる周辺産業にとってはお金儲けにならない。しかし、これこそ本当の酪農だと思うのであるが、農協も業者もお勧めになれないこうした小規模の酪農家が減りつつある。