詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

詩はどこにあるか

2005-04-24 23:21:57 | 詩集
森鴎外「佐橋甚五郎」(「鴎外選集第4巻」岩波書店)


澄み切つた月が、暗く濁つた燭の火に打ち勝つて、座敷は一面に青み掛かつた光を浴びてゐる。どこか近くで鳴く蟋蟀(こほろぎ)の声が、笛の音(ね)に交じつて聞える。(216ページ)

 「近くで」に「詩」がある。このことばによって空間が一気に具体化する。
 同時に、ただ美しいばかりの月の光に、急に動きが出て来る。
 月の光の描写によって、今いる場所が宇宙につながったような広々とした感じが、「近くで」ということば一つで突然収縮する。場が濃密になる。
 このとき、ドラマは唐突に始まる。

 つづく描写に思わず息をのんでしまう。

氷のやうに冷たいものが、たつた今平手が障(さは)つたと思ふ処から、胸の底深く染み込んだ。何とも知れぬ暖い物が逆に胸から咽(のど)へ升(のぼ)つた。甘利は気が遠くなつた。

 そして、ドラマは突然終わる。
 この緩急のリズムにもこころを揺さぶる「詩」がある。
コメント
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