詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

青柳俊哉「眼」ほか

2023-07-02 09:56:37 | 現代詩講座

 受講生の作品。

眼  青柳俊哉

水面から うかび上がる
しずく 表面をゆれうごく 
黒い栗の林 暗い雲の粘状体 
待ち受ける 水の窪みの母

しずくに映るものが内へ沈み 
ひとつに交わる 栗の林へ
雲がただよう 水中を白が渡る

わたしは うかびつづけることを願う

蝶へ移り変わる少女が わたしを
みている しずくの中の幸福な
白い栗の花へ かげを飛ばす 

わたしは 水の蝶へ重なる

 一連目に不思議な魅力がある。陰鬱といえるイメージだが、その陰鬱を奥でささえる「く」の音の繰り返し。「しずく」「ゆれうごく」と最初は脚韻のような動きをしているが、「黒い」「栗」「暗い」「雲」「窪み」と動く。「水」が、この動きにあわせて「粘状」になる。
 これが、もういちど「しずく」ということばを通って反転(?)する。「しずく」「しずむ」と「し」が動く。あいかわらず「く」のうごきもあるのだが、それを乗り越えて「しろ」と「し」が優勢になる。「白い栗の花」が象徴的だ。
 これは「内」なる変化が、「外(外面)」の変化にまで変わったということだろう。
 そして、その「し」は「わたし」を登場させ、「蝶」を産み出すのだが、この蝶はきっと「白い蝶」だろうと、私は思う。その蝶は、暗い水のなかを飛んでいるかもしれないが、色は「白」であって、「黒」ではないと感じさせる動きが、自然体の音のなかにある。

静かな雨  池田清子

雨の日は 好きよ
静かで

母という人を
初めて知った気がした
父は体が弱かったので
重い荷物はいつも母

お盆に お坊さんが来た時
ほんのわずかなお布施、母、
「いいとよ、バイクでシャーと来て
お経をチャーとあげるだけやけん」

電器屋さんが 修理に来た時
出張費を聞いて
「大戦をくぐりぬけてきた年寄りから
三千円も取るとね」

水仙が大好きだった

兄を最後までかばった
私が傷つけるような言葉をかけた時
ただふすまをしめた

静かな雨の降るときは
思い出す

 この詩のなかで、私は不思議な経験をした。四連目。講座で読んだときには「母」ということばがなかった。それで、私は「いいとよ、バイクでシャーと来て/お経をチャーとあげるだけやけん」ということばを、お坊さんのことばだと思っていた。ところが、詩を朗読した受講生の声を聞いていると、全員が「母の声」として読んでいる。
 あ、そうだったのか。
 そういう活発な声と、書かれていない「兄を最後までかばった」時の声の調子とが作者の内部で響きあっていて、そこから「静か」が誘い出され、雨の日の静かさと母の静かさが重なっているのだろう。
 私は、最初に「静かな」ということばを聞いたために、少ないお布施を無言で(黙って)差し出す母とお坊さんが対比させられ、そのあと、いわば気さくなお坊さんの声に励まされて、電器屋さんとの「声」が引っ張りだされたのだと思ってしまったのだ。
 母も変化している、その変化のなかから、ほんとうの母を知った、と思って読んだのだった。

梅雨終わり  杉惠美子
       
庭隅に
あじさゐの待つメモを見る

こんもりと今を濡れて
控へめに光をとらへ
雷さへも斜めに受けて

梅雨をのみこむ息の中
こぼれ落ちる時と雫

また1年
心をためて待つ時間を

静かに豊かに
持ち続けていたいと

誰がメモしたのだろう

傘は閉じたまま

 この詩を最初に読んだときの印象は、一連目が「俳句」として聞こえてきたことである。「5・7・5」になっている。
 二連目、三連目はは「字余り」もあるのだが、基本的に「5・7」(二連目)、「7・5」(三連目)として聞こえる。なんとなく「あじさい」、あるいは「あじさいの花」ということばを組み込んで、各行を「5・7・5」にかえてみたい欲望にとらわれるのである。
 そういう「こころの動き」を感じていると、「また1年/心をためて待つ時間を」のなかにある「待つ」が見えてくる。もちろんこの「待つ」は一連目の「待つ」としっかり呼応しているのだが。
 最終行の「傘は閉じたまま」は、「は」が効果的。「傘を」でも、外面的な「意味」はかわらないだろうが、「は」の方が強く「内面性」を感じさせる。それが「心をためて」や「メモ」につながる。

福祉 鈴木康太

撃たれた鳥が
落ちていくときに見たものは
水玉の人間たち
屋根はほとんど本だった
さまざまな色の本だった
あなたと食べたフルーツゼリーがおいしかった
地面にぶつかる、そのまえに
ぼくは満たされたい
額から顔がでる
それは、あなたの顔で
声はぼくの喉を切る

 受講生ではなく、受講生がみんなで読むために持ってきた作品。しかし、どことなく受講生の作品の「リズム」と似たところがある。だから、他の受講生は鈴木康太の作品と思わずに読んだ。
 どこが似ているか。
 「あなたと食べたフルーツゼリーがおいしかった」という突然の、破調の一行。また「さまざまな色の本だった」の「色」として本をとらえる見方。
 「額から顔がでる」は、これまでの受講生のことばとは違うが(他の受講生もそう感じたし、持ってきた受講生自身もそう感じているようだったが)、それはそれで「新鮮」な印象があり、受講生の作品と思って読んだ。
 実は。
 私は、この作品については、かなり前(1月17日)にブログで感想を書いている。すっかり忘れていた。(こう書いていたすこし補足しながら、採録する。)

 鈴木康太「福祉」。「撃たれた鳥」の落下を書いている。
(略)
 「額から顔がでる」、それを「見たい」。このときの「見たい」は「体験したい」になる。いいなあ、額が割れて、その裂け目から別の顔が出る。それは作者の「欲望」そのものだ。鳥のように落下して自分にぶつかるとき、鈴木の額から鈴木の顔が出る。それを自分のこととして体験したい。それに気づいて、悲鳴を上げる。
 ここに「矛盾」があるとして、それは対立するものが結合しようとする矛盾だろうか、それとも分離することを欲する矛盾だろうか。
 前後の文脈がないとわかりにくいが、ブログをさかのぼって読んでみてください。名前でもタイトルでも検索できます。

 


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