詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

水根たみ『幻影の時刻』

2020-01-09 18:48:41 | 詩集


水根たみ『幻影の時刻』(らんか社、2019年01月05日発行)

 水根たみ『幻影の時刻』を読み進んでいて「緊張」へたどりついた瞬間、私は、気づく。水根のキーワードに。
 こういう詩である。

糊付けされたような
夕闇
そのガード下で
急停車する赤いバス
突然
飛び出す
白いネクタイの男
祝辞の言葉を忘れ
曲がりくねった道を
右往左往する
電柱の前で
血色の良い美女と出会う
直立する

 キーワードのあらわれ方には二つある。①そのことばがないと意味が通じないことば。②なくても意味が通じるが、作者が無意識に書いてしまうことば。
 水根の場合は②である。そして、それは「突然」である。
 その一行が登場する前の「急停車する赤いバス」には「急」ということばのなかに「突然」が含まれている。準備して「急停車する」ということはない。「急停車」はいつでも「突然」である。「急停車」ということばに隠れている「突然」、それが隠れきれなくなってあばれているので、それにつられて「突然」が登場してしまった。
 「突然」は、この詩の、どの行にでも補うことができる。
 「突然」糊付けされたような、「突然」祝辞の言葉を忘れ、血色の良い美女と「突然」出会う。
 どういうことも「必然」であるけれど、水根は「必然」を否定し、「突然」を描く。「必然」は散文であるのに対し、「突然」は詩だからである。
 水根にとっては「散文」を否定する「突然」こそが詩なのだ。
 「突然」を言い直したものに「不意(に)」がある。「誕生日」という作品。

不意に
女が顔を そむけた時
時間と時間の隙間から
バラの花が咲いた

 「不意に」は「突然」と書き換えても同じである。
 この詩の最終連。

この時
地球が少し動いた

 ここは「不意に」を補ってもいいし、「突然」を補ってもいい。どちらも同じだ。水根はこの「突然」を強調するために、「時」ということばをつかっている。律儀である。
 そして、この「突然」は、まったく逆のことばとしても書かれることがある。
 「孤独」という作品。

淋 という漢字を
口の中で
噛みくだいていると
雨が降り出した

傘を買った
急に走り出した

いつの間にか
口の中は
忘却の味がした

 一連目には「突然/不意に」雨が降り出したとことばを補うことができる。二連目には「突然/不意に」の代わりに「急停車」のときの「急」が書かれている。そして最終連。「いつの間にか」。これは「知らないうちに」ということであり、そういう意識の奥には「時間の流れ」が「量」として存在するから「突然」とは相反するはずなのだが。

突然
口の中は
忘却の味がした

 こう読んでも、受ける感じは、私には同じに思える。
 「突然/不意に」も「いつの間にか」も「瞬間」なのである。何かが変わる「瞬間」が水根にとっての詩ということになる。









*

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1 コメント

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水根たみー幻影の時刻 (大井川賢治)
2024-09-06 21:00:18
何か惹きつけられる詩でした。
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