詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

水出みどり『泰子』

2019-09-25 09:54:03 | 詩集
泰子
水出 みどり
思潮社


水出みどり『泰子』(思潮社、2019年08月31日発行)

 水出みどり『泰子』を読みながら、詩集は、昔はこんな感じだったなあ、ということを思った。「こんな感じ」というのは、作品が短い、活字が少ない、厚くない。とはいっても、水出の詩集はかなり厚い。 100ページ近くある。私の理想(?)を言えば、半分でいいか。作品も10篇くらい。その方が集中して読むことができる。いまの詩集は、厚くて、長くて、文字がぎっしりつまっているので、読むのにかなりつかれる。

 私は、ふらふらと読み進む。そして立ち止まる。

半音階に
ふるえる波が
ひかりを
屈折させている                       (屈折)

真昼を
音のない川が流れる
ゆたかさに深さを増してゆく                (一つの声が)

 立ち止まって、さて、何を語ることができるか。別に語らなくてもいい。ただ、そこにあることばに立ち止まる。そういうとき、私は詩を感じている。それで充分である。
 こうやって引用して並べてみると、そこに「音」と「水(波/川)」が動いていることがわかる。
 水出が「音」と「水」が好きなのか、私が「音」と「水」が好きなのか。
 どっちでもいいが、私は、そういうことばを通して水出と出会っていることがわかる。詩は、たぶん、こういう感じ、誰かと出会った、そして目が合ったという感じなのだと思う。「目」というのはもちろん比喩で、実際は「耳」なのかもしれない。あるいは「ことば」なのかもしれない。こういうことは、厳密には考えない。


ひそかに
音階をひろうものがある
毀れた音階を                         (ことば)

 ことばは壊れることで詩になる。「毀れた音階」は「半音階」を想像させる。「半分」になってしまった音階。それはなくしてしまった半分を探しているだろうか。半分のまま生きていくことを決意しているだろうか。

こんな夜
樹が立っている
ゆれる黒い影になって
ゆれ動く記憶になって                   (記憶について)

 「黒い影」は「記憶」と言いなおされているが、それは実は「樹」を言い換えたものであり、その「樹」の述語(動詞)の「立つ」は「ゆれる/ゆれ動く」と言いなおされている。
 あるいは、それは「夜」の言いなおしである、とも言える。
 ここでも厳密に考えてはいけないのだ。論理になってはいけないのだ。

稚魚の
ひかる鱗が
夜明けをはじいている                    (はるかなものを)

 ここには「樹」の対極にあるものが書かれてるのかもしれない。対極といっても、意識されない対極であり、対極と呼んだ瞬間に対極ではなくなるものだが。
 夜のなかには光の記憶があり、ゆれ動くことで、内部から記憶をにじみださせる。光の記憶が光をはじく。
 「はるか」はいちばん近い記憶を言いなおしたものである、と私はことばを「矛盾」のなかへ返す。

 一方、こんなことばもある。

お茶といっても
緑茶 ほうじ茶 ウーロン茶 そば茶
カナの文字盤からこぼれた言葉が
散らばっている                         (水の棺)

 このことばの動きは、水出のなかでは少し変わっているが、私はこういう具体的なことばの方が好きだ。
 抽象はときに美しくなりすぎる。手触りが消えてしまうと、消えていくスピードが速い。ノイズがあった方が、いつまでもどこかにひっかかっている。






*

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