和辻哲郎全集8。「風土」のつづき。大事なことは、だれでも、それを繰り返して言う。書く。そして、そのとき、そこには不思議な変化がある。飛躍がある。
たとえば。
明朗なるギリシャ的自然が彼らの肉体となったとき、彼らはこの隠さない自然から「見る」ことを教わった。(81ページ)
ここから、こう変わる。
「観る」とはすでに一定しているものを映すことではない。無限に新しいものを見いだしていくことである。(89ページ)
「見いだしていく」という動詞をつかっているが、この「見いだす」は「創造する」の方が近いだろう。私は「見いだす」を「創造する」と「誤読」して、理解する。
最初の引用の「肉体」という表現も、私はとても気に入っている。和辻はここでは「身体」とは書かずに「肉体」と書いている。「肉体」で見る。「肉体」で「創造する」。「見いだす」を「創造する」と読み替えるのは、「創造する」の方が多くの「肉体」の部署がかかわると考えるからである。
179ページには「商業銀行のニオベの娘」に関する美しいことばがある。その特徴を「内なるものを残りなく外にあらわにあらわしている」と要約しているが、これをさらに182ページで、こう言いなおす。
それは外にあらわになるもののほかに内なるものが存せぬことである
この二つの文章の間にある「飛躍」、目眩を感じるくらいに大きい。はっきりと理解できるが、思わず、「いま、なんて言った? もう一度言って」と言いたくなるくらいだ。そして、「もう一度言って」と言われたら、和辻はきっと言い間違えるだろう。そんなことを感じさせる「飛躍」である。それは「直観」が動かしてしまうことばであり、どうやって動いたかはたぶん和辻にもわからないと思う。つまり、もう一度言いなおせば、また違ったことばになってしまうような、そういう「飛躍」である。
それはたとえば100メートル走でボイトが世界記録を出したあと、もう一度走って見せてと言われても同じタイムで走れないようなものである。人間の「肉体」が理性だけで動いているわけではない(同じ状態にコントロールできるものではない)のと同じように、「ことばの肉体」もまた理性だけで動いているわけではなく、「肉体」そのもののように、何かコントロールできないものの影響を受けて動いているのである。
この、私が「肉体」と呼んでいるものを、和辻は「気合い」と呼んでいるかもしれない。「気合い」で「飛躍する」。「気合い」は規則ではない。そして、それは「直覚的に得られた」ものであると、和辻は書いている。
これは、端折りすぎた、私のためのメモである。この「日記」はメモなのだから、ときどき詳しく書いたり、突然端折ったりする。
脱線したが。
先に引用した文章は、さらに、こんなふうに言いなおされる。202ページ。
彼(ポリュクス)の日常寓目する人間の肉体は彼の想像力によって作りなおされ、高められ、類型化され、そうしてたとい現実には存せずとも彼の体験においては溌剌として生きている人間の姿として外に押し出されて来た。
「想像力によって作りなおされ」は、単なる「修正」ではなく「創造」である。それは「対象」を描写したものではなく、ポリュクスの「肉体」のなかから、ポリュクスの「肉体の外」へと「押し出されて来た」ものなのだ。
で、この最後の「押し出されて来た」という表現。これが、また、おもしろい。「押し出した」のではなく、「押し出されて/来た」。それは「抑制できない」なにかなのである。想像力には想像力の「肉体」があり、それが自律的に動くのだ。
和辻のことばは和辻が書いているが、そこにはやはり「押し出されて来た」ことばがあると思う。その感じがあるからこそ、ポリュクスの彫刻を見ても「押し出されて来た」と反応してしまうのだと思う。
私は大雑把にしか読まないが、もし、ていねいに和辻のつかっている「動詞」を分析していけば、ことばと肉体の関係が、もっとわかるかもしれない。
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