詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

中井久夫訳カヴァフィスを読む(89)

2014-06-19 06:00:00 | カヴァフィスを読む
中井久夫訳カヴァフィスを読む(89)          

 「船上にて」はとても美しい。私はこの詩が大好きだ。

このちいさな鉛筆がきの肖像は
あいつそっくりだ。

とろけるような午後、
甲板で一気に描いた。
まわりはすべてイオニア海。

似ている。でも奴はもっと美男だった。
感覚が病的に鋭くて、
会話にぱっと火をつけた。

 恋人の肖像。鉛筆のスケッチ。「まわりはすべてイオニア海」とあるが、その青い海にふたり(カヴァフィスと恋人)は一体になっている。「融合」、溶ける--それを通り越して「とろける」。形が崩れながら一体になる。それは「外形」のことではなく、「味」である。ふたりは「とろける」を味わっている。
 カヴァフィスはあいかわらず「美男」の外観(外形)の描写を省くが、この詩では外形以上のものが書かれている。美男の条件とは……。

感覚が病的に鋭くて、
会話にぱっと火をつけた。

 「感覚」あるいは「精神」の力である。ことばで場を輝かしたり、転換したりする能力。ことばのやりとりのなかで、カヴァフィスは「とろける」。外観の美など、それに比べたら取るに足りない。

似ている。でも奴はもっと美男だった。

 の「もっと」は外見よりも「もっと」という意味に取ることができる。
 「内面」(精神/感覚)の美の思い出は、外形と違って時間が経ってもかわらない。ことばのなかにとどまりつづける。カヴァフィスはスケッチを見ながら「外形」ではなく「内面」を思い出している。だから、次のように言う。

彼は今もっと美しい。
遠い過去から彼を呼び出す私の心。

 カヴァフィスのこころのなかでいっそう美しくなる。これからも、もっと。

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