詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

中井久夫訳カヴァフィスを読む(193)(未刊・補遺18)

2014-09-30 06:00:00 | カヴァフィスを読む
中井久夫訳カヴァフィスを読む(193)

 「貨幣」はインドの文字を刻んだ貨幣について書かれた詩である。ただし、実際にその貨幣を手にしての詩ではなく、それについて書かれた本を読んでいるのだろう。「この物知りな本は」ということばが詩の中にあるから。その貨幣は、王国の名前が刻んであり、それは「この物知りな本」によれば、

エプクラチンタザ、ストラタガ、
マナントラザ、エアマイアザ。

 こういう固有名詞を並べる時、詩人は何を思っているのだろう。音のおもしろさ、知らない音に触れた時の不思議な感じが、それをそのまま引用させているのだと思う。そういう知らないものに触れた後、知っていることがあらわれると、「肉体」のなかに何かがめざめる感じがする。

だが この本はまた見せてくれる、
もう片面、そう、裏側に、王の姿を。
おお、ギリシャ人ならここで眼がぴたりと止まる。
そして感動する。ヘルマイオス、エウクラティデス、
ストラトン、メナンドロスとギリシャ語が続くからには。

 「音」のなかには「意味」以上のものがある。土地の名前、人の名前、その「音」から、それがどこか、何に帰属しているかがわかる。
 この詩は、インドの貨幣のなにかギリシャに通じる音(名前)を見つけ、インドとギリシャの交流(つながり)を発見し、喜んでいる詩であるという具合に読むことができるが、そういう「意味」よりも、私はカヴァフィスは音の発見に喜んでいるように感じる。
 インドにはインドの音があり、ギリシャにはギリシャの音がある。ギリシャの音はもちろんカヴァフィスには馴染みのものだが、インドの音に触れた後ギリシャの音に触れると、瞬間的に「眼がぴたりと止まる。/そして感動する。」ということが起きる。この瞬間のことをこそ、カヴァフィスは描きたかったのだろうと思う。
 それに先立つ一行、

もう片面、そう、裏側に、王の姿を。

 このリズムの躍動感。こころがすばやく動いている感じがそれを明瞭に伝える。読点「、」を多用した中井久夫の訳がすばらしい。感情の「意味」(主観)は、こういう呼吸の変化(読点のリズム)によって、「肉体」に迫ってくる。
 原詩(ギリシャ語)を知らずに書くのは無責任だとは思うが、この詩は中井久夫の訳によって、原詩よりも輝いていると思う。

リッツォス詩選集――附:谷内修三「中井久夫の訳詩を読む」
クリエーター情報なし
作品社

「リッツォス詩選集」(中井久夫との共著、作品社)が手に入りにくい方はご連絡下さい。
4400円(税抜き、郵送料無料)でお届けします。
メール(panchan@mars.dti.ne.jp)でお知らせ下さい。
ご希望があれば、扉に私の署名(○○さま、という宛て名も)をします。
代金は本が到着後、銀行振込(メールでお知らせします)でお願いします。

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