青木由弥子『しのばず』(土曜美術社出版販売、2020年10月10日発行)
青木由弥子『しのばず』の、「光る花」は青木のことばの運動の特徴をよくあらわしているかもしれない。
後半を引用する。
私は暗がりの中で人の手を求めていた。いつかし部屋は、ニオ
イショウブとミソハギの茂る水辺に変わり、もうどこにも行か
なくてもよいのだと、柔らかな日差しが頬に告げる。
ゆきすぎるものを追うのではなく
霧のむこうを探り求めるのでもなく
いのちのあふれこぼれるきざしを
ふいにもれおちることばにからめとること
蜘蛛の巣にかかってもなお羽ばたきを失わない
蝶の翅が照り返す光を丁寧に写し取ってゆくこと
向う岸は見えない。ただ水面をゆらす風が身の内を抜けてい
くのを感じている。
散文形式と行分けがが混在している。そして散文形式の方は「客観的」であり、行分けは「主観的」という印象がある。どちらのことばにも「感情/意識」は含まれているが、行分けの方は「感情/意識」が動くままに動いている。「散文」の方は、何かしらの抑制が働いているという感じがする。
たとえば「柔らかな日差しが頬に告げる。」という翻訳調の言い回し。「日差し」は人間ではない。動物(小鳥とか犬とか)のように声を持たない。声を持たない「もの」が「告げる」というのは、独特の用法である。そして、それはあまり日本語にはみられないつかい方である。犯罪小説などでは「証拠」が「事実を告げる」ということはあるが、その証拠には「人間」がかかわっている。でも「日差し」には人間がかかわりようがない。非情の自然である。非常に何事かを語らせているから「客観」という印象が生まれる。「物理の現象」の描写がそういうものである。
一方の行分けの方には「あふれこぼれる」「もれおちる」「からめとる」という動詞がある。「あふれる」か「こぼれる」、「もれる」か「おちる」、「からめる」か「とる」でも意味はほぼおなじ(現象的にはほぼおなじこと、結果がおなじになることを描写している)と思う。しかし、青木は「あふれる」「もれる」「からめる」だけでは不十分で「あふれこぼれる」「もれおちる」「からめとる」と言わなければ落ち着かない。何かが過剰に動いている。「感情/意識」が過剰に動いている。これは「追うのではなく」「探り求めるのでもなく」と「……なく」をくりかえすところ、「言葉にからめとる」を「蜘蛛の巣にかかる」と比喩を言い直すところにもあらわれている。
青木には「事実」を「客観的」に書こうとする意識と、「客観」で終わってしまっては満足できない欲望があり、それがぶつかりあっている。そのぶつかりあい、拮抗が「文体」を鍛えている。似ているけれど違う、違うけれど似ている。そういうことを、どれだけことばで「一つの世界」として提出できるか。それを青木は試みている。
「雨上がり」には、こんな展開がある。
つぶだって
あわだって
陽の光を集めてはずんで
ころがりだしていく
みどりの草の上
手放す 弾ける 割れる 広がる
これはすべて雨上がりの草の上の水滴の動きを描写している。どれか一つだけの描写でもいい。けれど、青木はそれでは満足できない。過剰に書きたい。その「過剰」を結晶させるために「詩」を選び、そこに独自の「文体」をつくろうとしている。
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