塩嵜緑『庭園考』(書肆山田、2020年12月25日発行)
塩嵜緑『庭園考』のなかに歴史を題材にした作品がある。「斗(ひつきぼし)」と「時守」は短篇小説のような味わいのある作品である。ことばの運動が「物語」を形成してゆき、最後に「おち」のようなものがある。「おち」は、それまでの言葉の運動(論理)を別の観点から見つめることで、「物語」を解体し、「詩」に再結晶させる働きをしている。
「時守」。
時を知らせる
鉦を打とうとしたとき
目眩がした
と言いおくべきか
陽にあたたまった野を
低く浮遊していた蝶が
鐘楼に飛び来て
私をひと巻き ふた巻きした
気がつけば
鉦を打つ間合いを失っていた
蝶は
かすかな金属音をたて
きらびやかな黄の色を見せ
ふたたび
野に戻っていった
音のずれた私を気づかう
太鼓に頭を下げて
ふたたび鉦を打った
音をはずしたのは一度きりであったが
蝶が私のまわりを遊び飛んでいたのは
この世の時間の
数倍ながい時間であった
「詩」はここでは、「この世の時間の/数倍ながい時間」と定義されている。完結で美しい定義だと思う。途中の「蝶は/かすかな金属音をたて」の金属音は、蝶の羽が鉦に触れる音だろう。それは時守だけが聞くことのできた「詩」の時間を告げる音である。これは塩嵜が書こうとしている「詩」を象徴している。
塩嵜はことばを俯瞰的に眺め、それを統合する(制御する)力をもった詩人だといえる。
この、ことばに対する制御力は「短篇小説風」ではない作品にも感じられる。
「庭はだれのもの」の全行。
土を均し
煉瓦を並べ
花壇を拵え
実のなる木
風と話す木を植え
円卓に布をかけ
紅茶を飲み
晴天の向こうがわを眺める
柑橘を蝶は好み
トリネコを蝉は愛し
座りの良い枝ぶりに
鳥は巣をかけ
私のいない時間に
草木は伸び
花木は
老いながら蕾をふくらませ
鳥は卵をあたためる
庭はだれのもの
「私のいない時間」という一行が完結で美しい。私がいなくても時間は存在する。それは同時に、私がいなくても世界が存在するということである。世界と時間の「非情さ(人間を気にしないありよう)」をそのままそっくり塩嵜は受け入れている。
この瞬間。
私は、塩嵜が「私(塩嵜自身)」超越し、たとえば、「実のなる木/風と話す木」になり、あるいは「座りの良い枝ぶりに/鳥は巣をかけ」るときの「鳥」になり、同時に「枝」にもなっていると感じる。
「非情」を受け入れた瞬間、「自我」は解体し、「自然」と一体化する。その区別はなくなる。
「庭は(庭にある存在は)だれのもの」と塩嵜は問いかけているが、だれのものでもない。「庭」が塩嵜でゃり、塩嵜が「庭」なのだ。
俳句に「遠心・求心」ということばがある。塩嵜は、そういうものを詩で描いているといえる。
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