中井ひさ子『そらいろあぶりだし』(土曜美術社出版販売、2019年09月09日発行)
中井ひさ子『そらいろあぶりだし』の感想を書くのはむずかしい。装丁を担当した司修が帯に「これって ほんとは あなたの 青春をうたったのでしょ?」と書いている。これにつきる。
中井は中井の青春を書いている。実際の年齢は知らないが、たぶん「青春」という範疇の年代ではないと思うが、それでも青春を書いている。つまり、いまが中井の青春なのだ。
でも、「若者の青春」とは少し違う。どこが違うか。
詩集は「散文詩」で構成されているのだが、「あとがきふうに」書かれた最後の詩は行分けである。「ひさしぶり」というタイトル。
「奇妙な懐かしさが/にじんでくる」のが中井の今回の詩集であり、「奇妙な懐かしさ」を青春と呼ぶことができる。重要なのは、しかし、「にじんでくる」という動詞である。噴出してくるでも、あふれてくるでもない。それは「隠すことができない」と言いなおした方がいいかもしれない。「隠しながら、見てね」と誘いかける「罠」のようなものでもある。
「懐中時計」は古道具屋で見かけ、買った懐中時計について書いている。気まぐれで、早く進んだり、ゆっくり進んだり、もちろん突然止まったりする。
「時間が止まった(時計が止まった)」が比喩と現実とによって「共有」される。そのとき、比喩と現実は入れ替わる。中井にとって、そのときほんとうに「時間は止まった」。そして「懐中時計だけが動いていた」。時間は止まることで、「一瞬」ではなく「永遠」になった。中井が覚えているのは、そういう激しい変化である。
どの部分にも、ほんとうは激しい変化がある。しかし、それを中井は、まるで何も動いていないかのように静かに描く。そのことばの奥から「永遠」がにじみだしてくる。それを私は読むのだ。
詩のつづき。
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中井ひさ子『そらいろあぶりだし』の感想を書くのはむずかしい。装丁を担当した司修が帯に「これって ほんとは あなたの 青春をうたったのでしょ?」と書いている。これにつきる。
中井は中井の青春を書いている。実際の年齢は知らないが、たぶん「青春」という範疇の年代ではないと思うが、それでも青春を書いている。つまり、いまが中井の青春なのだ。
でも、「若者の青春」とは少し違う。どこが違うか。
詩集は「散文詩」で構成されているのだが、「あとがきふうに」書かれた最後の詩は行分けである。「ひさしぶり」というタイトル。
羽音がした
ごきげんさんと声がかかった
カラスのごときに知り合いはない
耳の底がうごく
奇妙な懐かしさが
にじんでくる
「奇妙な懐かしさが/にじんでくる」のが中井の今回の詩集であり、「奇妙な懐かしさ」を青春と呼ぶことができる。重要なのは、しかし、「にじんでくる」という動詞である。噴出してくるでも、あふれてくるでもない。それは「隠すことができない」と言いなおした方がいいかもしれない。「隠しながら、見てね」と誘いかける「罠」のようなものでもある。
「懐中時計」は古道具屋で見かけ、買った懐中時計について書いている。気まぐれで、早く進んだり、ゆっくり進んだり、もちろん突然止まったりする。
一度などデートの時間に時計がとまった。
彼は笑顔で言った。
「楽しい時間のはずなのに、まるで時間が止まったようで不思議だな」
その時話したこと、はっきり覚えている。
「時間が止まった(時計が止まった)」が比喩と現実とによって「共有」される。そのとき、比喩と現実は入れ替わる。中井にとって、そのときほんとうに「時間は止まった」。そして「懐中時計だけが動いていた」。時間は止まることで、「一瞬」ではなく「永遠」になった。中井が覚えているのは、そういう激しい変化である。
どの部分にも、ほんとうは激しい変化がある。しかし、それを中井は、まるで何も動いていないかのように静かに描く。そのことばの奥から「永遠」がにじみだしてくる。それを私は読むのだ。
詩のつづき。
絵を描くことが好きだったと彼は、夜、佐保川のコンクリートの土手にどうしようもなく絵を描きたくなって一晩がかりで描いたこと。
山の上から海を見ようとしたら、いつの間にか木が茂っていて見えないので、のこぎりで数本切り倒し海を自分のものにしたことなどなど。
「そうなことしたらだめだよ」といいながら私は心の内で手をたたいていた。顔がほころんでいた。
*
評論『池澤夏樹訳「カヴァフィス全詩」を読む』を一冊にまとめました。314ページ、2500円。(送料別)
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「詩はどこにあるか」2019年4-5月の詩の批評を一冊にまとめました。
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(バックナンバーについては、谷内までお問い合わせください。)
オンデマンド形式です。一般書店では注文できません。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
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以下の本もオンデマンドで発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
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(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
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(4)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
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2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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