詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

黒田ナオ「島のわたし」、大井川賢治「元自衛隊」

2020-12-16 09:30:56 | 現代詩講座
黒田ナオ「島のわたし」、大井川賢治「元自衛隊」(通信講座受講生の作品)

 通信講座受講生の詩を2作品紹介する。もっと長い作品もあるのだけれど、今回はふつうの(?)長さの作品。

島のわたし   黒田ナオ

見おろすと
すーっと金色の魚が泳いできて
気がつくと、わたしも泳いでいた
そのうちだんだん体が透き通ってきて
突然、島だったときのことを思い出す

ああそうだ、ずっと昔わたしは
海に浮かぶ空豆みたいな島だった

懐かしい気持ちが
体じゅうから湧き上がってきて
海鳥の声が聞こえてくる

ほら
繰り返す波の音
きらきら光る水平線

ここだ、ここだ、ここにいる

じっとしたまま動かない

何千年、何万年

気の遠くなるような時間の中で
うつらうつらと夢見るように
島のわたしが呼んでいる

 ことばに自然なリズム、音楽がある。とも読みやすい響きがある。黒田が声を出して詩を読むかどうかはわからないが、「声」をもった人だと思う。
 一種の「幻想」なのだけれど、ことばに「声」があるので作り物という感じがしない。
 「突然、島だったときのことを思い出す」の「突然」というのは、「声」を持たない人のことばだと「ご都合主義」に響き、嘘っぽくなるけれど、「声」のたしかさが「嘘」という批判(批評)を封じ込めてしまう。
 この「声」のたしかさが、「ここだ、ここだ、ここにいる」という強い響きを引き立てる。この「ここだ、ここだ、ここにいる」というのは、みつけてくれてありがとう、という強い感謝のよろこび、また一緒になれるね、というよろこびにあふれている。とても美しく輝いている。その島は「じっとしたまま動かない」で待っていた。いまも待っている。
 その絶対的な「声」が生まれるまでの過程で、「ああそうだ」「ほら」という口語が自然に動いている。
 「何千年、何万年」ということばも、書き方次第では嘘っぽくなるのだけれど、つくりもの(むりやり)という感じがぜんぜんしない。「気の遠くなるような」、それこそ頭で考えないとわからない「時間」なのだけれど、「懐かしい気持ち」を誘う。「ここだ、ここだ、ここにいる」という一行に、嘘がないからだ。
 「ここだ、ここだ、ここにいる」というときの「ここ」は、正確に言うと「ここ」ではなく、「わたし」とは別な場所。「島のわたしが呼んでいる」の「呼んでいる」ということばが象徴的だけれど、「島」は「わたし」から離れている。離れているから「ここだ、ここだ」と呼んでいる。そして、呼ばれている「わたし」にはそこが手に取るようにはっきりわかる。「あそこ」でも「そこ」でもなく「ここ」。「島」と「わたし」がつながっているを通り越して一体になっている。
 連の構成も、無造作なようで、何かとても美しい。ひとつのことばが別のことばへ飛躍していくときのリズムがそのまま一行空きを生み出し、それが連の輪郭になっている。
 もっとたくさん詩を読みたい、という気持ちを誘うたいへんいい作品。



元自衛隊   大井川賢治

営繕課の鈴木さん、夕方まで手を抜かない
その日の最後には、施設をぐるりと点検する
不安や心配の気配が部屋から漏れていないか

鈴木さんには聞こえるのだ
鈴木さんには見えるのだ

ポパイのような腕を触られて
さすが、元自衛隊と褒められても
いやあ、大したことないです
と、やや薄くなった頭を掻く

毎年、八月も半ばになると
提灯を数珠をつなぐようにぶら下げて
盆踊りに来る近隣に楽しんでもらう
今年は、河内音頭のお囃子も聞こえず
玄関の楠木も心なしか沈んで見える

しかし鈴木さんは、すぐ気を取り直す
盆は、来年も再来年もやって来るじゃないか

高齢者施設は、あの世へ漕ぎ出す船出の港
そんな旧い持論を、後生大事に持ちつづけて
元気でいってらっしゃいと、きれいに整えつづける
後悔も無念も吹きだまっていない晴れやかな船着き場

南天フロアの百歳をこえたご婦人が
そろそろ危ないのではと噂されているのだが

お迎えの船は、ある日突然、時間を選ばずやってくる
鈴木さんのまわりは、真夜中でも明るく爽やかである

 二連目が非常に印象に残る。引きつけられる。何が聞こえるのか、何が見えるのか。一連目の「不安や心配の気配」だろうか。
 この二連目と対になっているのが六連目。
 「高齢者施設は、あの世へ漕ぎ出す船出の港」というのは、比喩。比喩とは、ほんとうはそこにないもの。それが「見える」。
 きっと、ほかの人には違ったものに見える。感じられる。ことばは悪いけれど、たとえば「現代のうば捨て山」として。でも、「鈴木さん」には、それを「船出の港」と「見える」。ただ鈴木さんにそう見えるだけではなく、みんなにもそう見えてほしいという気持ちがある。だから、それが「元気でいってらっしゃいと、きれいに整えつづける」という行動になる。仕事ぶりになる。
 この方針のようなものは「旧い持論」と書かれている。鈴木さんの持論として書かれているのだけれど、これはきっと作者の持論だろうと思う。大井川の持論に鈴木さんが共感して、鈴木さんが働いている。それを大井川は、鈴木さんから教えてもらったかのように、一歩引いて、鈴木さんを浮かびあがらせている。
 こういう「手法」は、私は大好きだ。「ひとがら」というものを自然に思い浮かべる。世の中には頭のいい人がいる。顔のいい人もいる。同じように、「ひとがら」のいいひともいる。そういうひとりを思い浮かべ、こころがおだやかになる。
 なんでも自分が自分がという時代にあって、そうではなくて、すべてのすばらしいことはその人がやっていること。自分は、それを脇から見ているだけ、という静かな感じがとてもいい。この一歩引いた感じが、鈴木さんの働きを「自由」にしている。「自由」というのはむりがないという意味。好きだからやっている、という感じになっている。
 それが「明るく爽やか」ということだろうと思う。
 「不安、心配」ということばからはじまった詩が、「お迎えの船は、ある日突然、時間を選ばずやってくる」ということばにたどりつきながら、そこに悲惨さや暗さがまったくない。それこそ「明るく爽やか」。
 これは、不思議だなあ、と感心する。
 大井川のひとがらが、鈴木さんのひとがらに重なって、ひとつになっているという作品だと思う。
 大井川の書いていることばは、いわゆる「現代詩」を書いている人からはなかなか受け入れてもらえないかもしれない。派手な強さというものがないから。でも、私は、大井川の書いているようなことばは誰かが書き、引き継いでいかないといけないのだと思う。

 (受講生の作品は、今後も機会を見て紹介していきたいと思う。)

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