西村賢太「苦役列車」(「文藝春秋」2011年03月号)
西村賢太「苦役列車」は、書き出しに驚いてしまった。
いきなり「ことば」から始まるのだ。もちろん小説(文学)だから、それが「ことば」でつくられていることは承知しているのだが、しかし、私は驚いてしまうのである。
「曩時」って何? 私はこんなことばはつかわない。広辞苑で調べると「さきの時。むかし。以前。曩日(のうじつ)」とある。意味はわかったようで、わからない。「いま」ではなく、「むかし」ということ、なのかもしれない。つまり、ここに書かれていることは、「むかしむかし」で始まる「物語」ということなのかもしれないが……。
うーん。
言い換えると、ここに書かれているのは「現実」ではなく「物語」なのだ。そして、この小説は、あくまでも「物語」なのである。この小説は「私小説」、西村の体験を描いたものというふうに言われているけれど、それが西村の体験だとしても、西村はそれをあくまで「物語」として提出している。「ことば」の運動として提出しているということになる。
よくみると、たしかにそうなのである。ここに書かれているのは「日記」のことばではない。「日記」の文体ではない。自分を語るときのことばではない。自分の行動を記すのなら、
ということになる。けれど、西村は、そうは書かない。あくまで「北町貫多」を「私」という視点ではとらえない。「自動詞」の主語にはしないのである。「自動詞」としての行動を描くときでも、それを対象化する。つまり、つきはなす。
北町貫多は便所へ行った、ではなく、北町貫多の一日は便所へ行くことから始まるのだ、と対象化する。
そして、そのつきはなしによって、読者が主人公と向かい合うようにするのだ。読者が主人公になってしまうことを拒絶する。読者を主人公にはしない--という操作で、主人公を「私(西村)」に引きとどめておく。そういう形での「私小説」である。
これは同時に芥川賞をとった朝吹真理子の小説と比べるとよりはっきりする。
ふたりの主人公が登場し、ふたりの行動は「自動詞」として書かれる。「夢をみる」「夢をみない」。そこに書かれているのは「私」ではないが、彼女たちは「私」として行動する。このときの「私」とは、「私=朝吹」ではなく、「私=読者」である。
ふたりの主人公を、読者は「私」として読みはじめる。それは「私」ではないけれど、小説を読むことで読者は「永遠子(私)」になり、「貴子(私)」になる。ふたりは別個の存在だが、そのどちらにもなる。ときには、同時にふたりになったりもする。
こういう主人公と読者の「同化」を西村のことばは拒んでいる。「主人公=読者(私)」を拒絶することで、「主人公=西村(私)」という形をとる。
「主人公=読者(私)」ではない世界では、「ことば」はけっきょく「読者(私)」のものではなく、西村のものである。そのことが、
あ、ここにあるのは、ことばだ、
という印象を呼び起こすのである。
若い肉体が書かれているのだが、私には、その肉体よりも、それを描写する「ことば」ばかりが見えてしまう。勃起したペニスは見えない。勃起したペニスを描写する「ことば」が見える。
「顔でも洗ってしまえばよいものを」ということばには、顔を洗わない主人公ではなく、顔を洗わない主人公を描写する「作者」が見える。
どの描写をとっても同じである。そこには「主人公」はいない。「主人公」を描写する「ことば」があり、その「ことば」を書きつらねる「作者=西村」がいる。
なるほど、そういう構造をもった作品が「私小説」なのか、と私は、考えながら納得してしまった。
もう一か所、具体的に書いておく。日雇い労働の昼飯どき。弁当が配られ、それを食べてしまう。そのあとの描写。
西村の小説に何度も出てくる「塩梅」。自分のことを語るときにも「塩梅」ということばはつかうかもしれないが、ここではあくまで自分ではない誰かをみて、それを描写している。「食欲の火に油を注がれた」ように感じているときは、そんな自分を「塩梅」というように悠長に描写してはいられない。狂ったように動く感覚を、飢えを語ってしまうのが「自分」のことば、「主人公=私(読者)」のことばである。はげしい飢えがことばになっているとき、読者(私)は、その飢えを私自身のものと感じ、その感じのなかで主人公と一体化する。
「塩梅である。」という描写(ことば)では、読者(私)は主人公の飢えと一体化しない。離れたところから主人公を眺めてしまう。主人公と読者(私)のあいだに、「ことば」があって、その「ことば」を眺めてしまうのである。そして、あ、この「ことば」が西村なのだと思うのである。
金がないから主人公は弁当だけですませるが、金のある日雇い仲間は、自動販売機のカップラーメンやワゴン車が売りにきた焼きそばなどを食べている。それを眺める主人公の描写。
食べている者を眺め、腹立たしかった、ではない。また、腹立たしく眺めた、でもない。「貫多には腹立たしく眺められて仕方がなかった。」と、はげしく動く感情を突き放して描写するのである。「ことば」にしてしまうのである。
感情を生きるのではなく、「ことば」を生きるのである。
「私小説」とは「ことば」を生きる作家の生き方なのだ、と思った。あ、こんなふうにして西村は自分を救ってきたのだ、「ことば」を生きることで現実を超越してきたのだ、と感じた。
これは最近ではめずらしい形の「ことば」と作家の関係であると思った。
西村賢太「苦役列車」は、書き出しに驚いてしまった。
曩時(のうじ)北町貫多の一日は、目が覚めるとまず廊下の突き当たりにある、年百年中糞臭い共同後架へと立ってゆくことから始まるのだった。
いきなり「ことば」から始まるのだ。もちろん小説(文学)だから、それが「ことば」でつくられていることは承知しているのだが、しかし、私は驚いてしまうのである。
「曩時」って何? 私はこんなことばはつかわない。広辞苑で調べると「さきの時。むかし。以前。曩日(のうじつ)」とある。意味はわかったようで、わからない。「いま」ではなく、「むかし」ということ、なのかもしれない。つまり、ここに書かれていることは、「むかしむかし」で始まる「物語」ということなのかもしれないが……。
うーん。
言い換えると、ここに書かれているのは「現実」ではなく「物語」なのだ。そして、この小説は、あくまでも「物語」なのである。この小説は「私小説」、西村の体験を描いたものというふうに言われているけれど、それが西村の体験だとしても、西村はそれをあくまで「物語」として提出している。「ことば」の運動として提出しているということになる。
よくみると、たしかにそうなのである。ここに書かれているのは「日記」のことばではない。「日記」の文体ではない。自分を語るときのことばではない。自分の行動を記すのなら、
北町貫多(私)は、目が覚めるとまず廊下の突き当たりにある、年百年中糞臭い共同後架へと立っていった。
ということになる。けれど、西村は、そうは書かない。あくまで「北町貫多」を「私」という視点ではとらえない。「自動詞」の主語にはしないのである。「自動詞」としての行動を描くときでも、それを対象化する。つまり、つきはなす。
北町貫多は便所へ行った、ではなく、北町貫多の一日は便所へ行くことから始まるのだ、と対象化する。
そして、そのつきはなしによって、読者が主人公と向かい合うようにするのだ。読者が主人公になってしまうことを拒絶する。読者を主人公にはしない--という操作で、主人公を「私(西村)」に引きとどめておく。そういう形での「私小説」である。
これは同時に芥川賞をとった朝吹真理子の小説と比べるとよりはっきりする。
永遠子(とわこ)は夢をみる。
貴子(きこ)は夢をみない。
ふたりの主人公が登場し、ふたりの行動は「自動詞」として書かれる。「夢をみる」「夢をみない」。そこに書かれているのは「私」ではないが、彼女たちは「私」として行動する。このときの「私」とは、「私=朝吹」ではなく、「私=読者」である。
ふたりの主人公を、読者は「私」として読みはじめる。それは「私」ではないけれど、小説を読むことで読者は「永遠子(私)」になり、「貴子(私)」になる。ふたりは別個の存在だが、そのどちらにもなる。ときには、同時にふたりになったりもする。
こういう主人公と読者の「同化」を西村のことばは拒んでいる。「主人公=読者(私)」を拒絶することで、「主人公=西村(私)」という形をとる。
「主人公=読者(私)」ではない世界では、「ことば」はけっきょく「読者(私)」のものではなく、西村のものである。そのことが、
あ、ここにあるのは、ことばだ、
という印象を呼び起こすのである。
しかし、パンパンに朝勃ちした硬い竿に指で無理矢理角度をつけ、腰を引いて便器に大量の尿を放ったのちには、そのまま傍らの流し台で思いきりよく顔でも洗ってしまえばよいものを、彼はそこを素通りにして自室に戻ると、敷布団代わりのタオルケットの上にふたたび身を倒して腹這いとなる。
若い肉体が書かれているのだが、私には、その肉体よりも、それを描写する「ことば」ばかりが見えてしまう。勃起したペニスは見えない。勃起したペニスを描写する「ことば」が見える。
「顔でも洗ってしまえばよいものを」ということばには、顔を洗わない主人公ではなく、顔を洗わない主人公を描写する「作者」が見える。
どの描写をとっても同じである。そこには「主人公」はいない。「主人公」を描写する「ことば」があり、その「ことば」を書きつらねる「作者=西村」がいる。
なるほど、そういう構造をもった作品が「私小説」なのか、と私は、考えながら納得してしまった。
もう一か所、具体的に書いておく。日雇い労働の昼飯どき。弁当が配られ、それを食べてしまう。そのあとの描写。
当然、これでは到底もの足りなく、むしろ底抜けな食欲の火に油を注がれたみたいな塩梅である。
西村の小説に何度も出てくる「塩梅」。自分のことを語るときにも「塩梅」ということばはつかうかもしれないが、ここではあくまで自分ではない誰かをみて、それを描写している。「食欲の火に油を注がれた」ように感じているときは、そんな自分を「塩梅」というように悠長に描写してはいられない。狂ったように動く感覚を、飢えを語ってしまうのが「自分」のことば、「主人公=私(読者)」のことばである。はげしい飢えがことばになっているとき、読者(私)は、その飢えを私自身のものと感じ、その感じのなかで主人公と一体化する。
「塩梅である。」という描写(ことば)では、読者(私)は主人公の飢えと一体化しない。離れたところから主人公を眺めてしまう。主人公と読者(私)のあいだに、「ことば」があって、その「ことば」を眺めてしまうのである。そして、あ、この「ことば」が西村なのだと思うのである。
金がないから主人公は弁当だけですませるが、金のある日雇い仲間は、自動販売機のカップラーメンやワゴン車が売りにきた焼きそばなどを食べている。それを眺める主人公の描写。
金のある者は弁当と共にそれらを添えておいしそうに食べているさまが、貫多には腹立たしく眺められて仕方がなかった。
食べている者を眺め、腹立たしかった、ではない。また、腹立たしく眺めた、でもない。「貫多には腹立たしく眺められて仕方がなかった。」と、はげしく動く感情を突き放して描写するのである。「ことば」にしてしまうのである。
感情を生きるのではなく、「ことば」を生きるのである。
「私小説」とは「ことば」を生きる作家の生き方なのだ、と思った。あ、こんなふうにして西村は自分を救ってきたのだ、「ことば」を生きることで現実を超越してきたのだ、と感じた。
これは最近ではめずらしい形の「ことば」と作家の関係であると思った。
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