くりはらすなを『ちいさな椅子とちいさなテーブルを持つ家』(西田書店、2020年03月06日発行)
くりはらすなを『ちいさな椅子とちいさなテーブルを持つ家』。「ベニカナメモチ」という詩がある。昔、社宅に住んでいたとき、その庭に「ベニカナメモチ」の木があった。
先日 久しぶりにそのあたりまで歩いた ほぼ二時間程の散策のつ
もりである その社宅もすでに閉鎖され住む人も居なかったが 何
故か我々の住んでいたところの例のベニカナメモチの木だけが五㍍
も六㍍も空高く伸びていた 誰も世話をせずとも成長して 今や不
気味な有様となっている
私には何故かそれがどこかに残したまま放っておいた子供のように
も思える 子供は放って置かれた悲しみを糧にあんなに伸びてし
まったのではないかしら その子供と久しぶりに対面してしまった
気恥ずかしさのようなものもあった
強く惹かれた。
そして強く惹かれたときはいつもそうなのだが、私はこの詩を「誤読」するのである。くりはらが書いている「子供」とは彼の子供である。それは引用しなかった一連目に「一番下の娘」というように具体的なことばがあることからもわかる。(ここに書かれている子供が「一番下の娘」というのではない。)
子供を育てる。全員に気を配っているつもりだが、どうしても「むら」のようなものが生まれる。そして、その「むら」に落ち込んだ(?)子供が、「世話」とは関係なしに育って大きくなっている。あれは、どの子供の枝だろうか、あれは何番目の子供の葉っぱだろうか。そういうことを考えると、不気味なものに見えるとくりはらは書いているのだが……。
私は、その「子供」をくりはら自身と思って読むのである。人間のなかには、そのひとがいくつになっても「子供」が生きている。そういう「子供」をふつうは、そのひとのなかの「おさない部分」と呼んだりするのだが。
でも、そういう「子供」は「おさないまま」だろうか。たとえて言えば「純真」なままだろうか。
そうではないかもしれない。
ねじくれて、大きくなっている「子供」もいるのではないか。
くりはらが見たのは、そういう「自画像」ではないだろうか。
くりはらが社宅に住んでいたころ、くりはらはすでに「子供」ではない。会社員である。しかし、くりはらのなかの「子供」は生きていただろう。実際に子供ができると、目の前にいる子供の世話にあけくれる。自分のなかの「子供」を世話している暇はない。自分のなかの「子供」は自分が世話をするしかないのだが、その時間がない。放っておく。そして、ときには忘れてしまう。
そしていま、「一番下の娘」もすでに独立した。世話をする子供はすでにいない。子育てから開放されて、そのときになって、ふと自分のなかに「子供」がいた。それを放り出して、子供の世話をしたということを思い出し、「ああ、あの子供はどうなったのだろう」と振り返る。
いま、不気味に大きくなっている。
「不気味」と冷酷に言ってしまえるのは、それが「自画像」だからではないのか。まるで、鏡に裸の自分を映すように見てしまう。恥毛も生えていなかった「子供」は、つかいはたした性器をだらしなくぶらさげている。その姿に「気恥ずかしさ」を感じる。「子供」は何も言わずに、「これが私か」とくりはらをみつめるからである。
どの詩にも奇妙な「かなしさ」が漂っているのは、書かれている「対象」が「対象」として存在するからではなく、同時に「自画像」になっているからだと思う。その「自画像」が端的にあらわれているのが、この詩なのだ。
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