最果タヒ『落雷はすべてキス』(新潮社、2024年01月30日発行)
最果タヒは「谷川俊太郎」である。こう書くと、最果タヒにも谷川俊太郎にも不満があるかもしれないが、とても似ていると思う。たとえば、「指輪の詩」。
遠くのほうで
死んでしまった恋人たちの指輪が、
土星の輪よりも、ずっと遠くで、
無人で回転していた、
愛してるって言って、伝わらない間、
その言葉は唯一、永遠のことばになる。
最後の二行の中にある矛盾。愛してるということばが伝わって永遠になるのではなく、「伝わらない間」「永遠」になる。この矛盾のあり方が、私には谷川のことばの運動と同じものに思える。そして、その矛盾を「死んでしまった恋人たち」という一種の違和感のあることばで誘い出す構造も、同じことばの構想力だと思う。
しかしもちろん最果は谷川ではない。どこが違うのか。谷川なら「遠く」ということばを一行目と三行目で重複させないだろうとは思うが……、そういったこと以上に、「全体のリズム」がまったく違う。ひとつひとつ(ひとつづきの)ことばの切れ味、リズム、構想力は共通しているのに、全体が違う。そして、この「まったく違うリズム」がどう違うかは、実は説明がむずかしい。強引に言ってしまえば、谷川の「全体のリズム」は私には予測がつく。しかし最果については予測がつかない、とうことになるかもしれない。これは別の言い方をすれば、谷川の「全体のリズム」は私が生きてきた時代のリズム、あるいは私が生まれる前から存在するリズムだが、最果のリズムは私が生まれたあとのリズムである。「歴史的」に新しいのである。
「残暑の詩」の書き出しの三行。
泣いている人は美しいな、
救えば恋が始まりそうだから。なんて言う人の、
恋が永遠に始まらなければいい。
「声」で聞いたら、谷川が書いたと私は錯覚するかもしれない。しかし、「目」で読んだら谷川ではないと思う。読点「、」のつかい方、改行の仕方が「形式的」ではない。谷川には、あるいは谷川のことばの肉体には「歴史的形式」があるが、最果には、それがない。リズム、その緩急の変化が、「私の知らない形式」である。
若い世代は、最果のリズムを自然に感じるだろうし、そこに「新しい肉体」を感じ、共感すると思う。私は「新しい肉体」を感じはするが、「共感する」とは言えない。つまり、最果の詩を読むと、「ああ、私は年をとったなあ」と実感するのである。
わかるといえるかどうか、ちょっといい加減な言い方になるが、まあ、「わかる」。しかし、いっしょにそのことばを「生きる」という具合には言えない。そばにいて、見ていて(読んでいて、聞いていて)楽しい。
「真珠の詩」の二連目。
私は、きみがいなくなっても、
きみの名前を呼ぶだろう。
ああ、美しいなあ。海を見つめて、こんなことばを言えば、永遠がすぐそばにやってくるだろと思っていると、ことばはこうつづく。
私の海の波音はもうずっと、きみを呼んでいる。
それだけは、永遠なんだ。
で、この瞬間、ああ、谷川はこうは書かないなあと思う。「私の」と「それだけは」は「古い形式」にはない「強調」である。
私がこれまでに引用した詩に共通することだが、読点の多用がつくりだすリズム、その呼吸のあり方も。
四十四篇もある詩集なので、少しずつ読んでいくことにする。感想のつづきを書くかどうかはわからないけれど。
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