詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

Estoy loco por espana(番外篇181)Obra, Joaquín Llorens

2022-08-28 17:08:10 | estoy loco por espana

Obra Joaquín Lloréns Técnica. Hierro 43x32x21 S. M. N  C. P


Dos personas bailando sobre el hielo.
Un hombre hace bailar a una mujer en el aire.
Movimiento libre y dinámico.
¿Cómo es posible?
Porque sus trayectorias de patinaje coinciden.
El semicírculo de abajo lo simboliza.
Cuando las trayectorias de los patinadores coinciden, sus corazones también lo hacen. El cuerpo físico también coincide.
Cuando esto ocurre, el movimiento es tan natural como la apertura de una flor.
De repente, se oye música.
¿Oyes a Mozart? ¿O a Tchaikovsky?

氷の上でダンスする二人。
男が女を空中に舞わせている。
自由でダイナミックな動き。
どうして、それが可能なのか。
二人のスケートの軌跡が一致しているからだ。
下の半円は、そのことを象徴している。
スケートの軌跡が一致するとき、こころも一致する。肉体も一致する。
そのとき、その動きはまるで花が開くときのように自然だ。
突然、音楽が聞こえてくる。
君には、モーツァルトが聞こえますか? それともチャイコフスキーが聞こえますか?

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

松本秀文『詩後(2014-2022)』

2022-08-28 10:29:42 | 詩集

松本秀文『詩後(2014-2022)』(思潮社、2022年07月31日)

 松本秀文『詩後(2014-2022)』を読みながら、どの詩を引用しようか、考えた。どれを引用しても同じことを書きそうだ。だから、いったん閉じて、テキトウに開く。
 「ゲンエイの人 あるいはセカイ」。あ、いやなものを引いてしまった、というババヌキの感じがするが、まあ、これがきょうの私の仕事(?)だ。

とめどなく描線がブレつづける街で
青空の向こうに
なぜ(ひかりの分布図
星のようなものがあるのかを
死んでいるうさぎと考える(うそ
詩の(半減期
孤独(?)はいつもセカイとつながっていて

 タイトルの「ゲンエイ」は「渡辺玄英」の「玄英」である。ほんとうに「ゲンエイ」と読むのかどうかわからないが、わからないからこそそれですませるのだろう。私もよく知らないので「ゲンエイ」と読んでいる。別に間違えたってかまわない。私はテキトウな人間である。
 で、間違えてもかまわないといいながら、私は「ゲンエイ」にこだわる。なぜか。そう読む方が、私にとってはわかりやすい。私のことばのリズムにあう。そして、そのリズム、音は「幻影」と結びつきながら、それを否定する。このときのチグハグさ、あるいはデタラメさ、あるいはテキトウさ加減が、渡辺玄英の詩に似ているなあ、と感じるからである。渡辺玄英は「チグハグ、デタラメ、テキトウ」を書いているわけではないと言うかもしれないが。
 で。
 この「ゲンエイの人 あるいはセカイ」は、そういう「ゲンエイ」の音を引き継いでいるところが、まあ、楽しい。
 松本の「音」は、すべてをテキトウにしてしまう。「音」さえ、リズムに乗って響いていけば、それが詩。「意味」は、読者がかってに考える。だれの作品を読んだとしても、そこから理解できるのは自分の知っている「意味」だけである。自分の知らない「意味」を他人のことばに接続することはできない。「断絶(不可解)」を含めて、それは「意味接続」のひとつであり、そこからことばが逃げ出すことは、できない、と私は思う。たとえ、そこから逃げ出すことを試みていることばであったとしても。
 ということは、「金閣詩」を読んで、思った。

今村昌平監督作品『楢山節考』で左とん平は犬とセックスをする
そして戦争
人間も死んで
犬も死んだ
「戦争とはわれわれ少年にとって、一個の夢のような実質なき慌しい体験であ
り、人生の意味から遮断された隔離病室のようなものであった」
あなたの胸の中に金閣がある

 「あなた」って、だれ? 左とん平? 今村昌平? それとも三島由紀夫? まさか、私がこの詩を読むことを想定して松本がこの詩を書いたとは思わないが、その「まさか」が「まさかのまさか」で、私のことだったとしてもかまわない。
 「あなた」と言われれば、「私」かもしれない、と私は思ってしまう。
 それから「金閣詩」からは「金閣寺」(三島由紀夫)よりも先に「金隠し」を連想するのだが、それがそのまま一行目の「セックス」につながっていく。それも「犬とセックス」というような、まあ、最低なのか、最高なのか、わけのわからないセックスである。どんなことであれ、それをしているひとにとってはそれしかないのだから、最高と感じて悪いわけがない。
 それにしても、

今村昌平監督作品『楢山節考』

 か。
 「意味」はわかる。何を指しているかは、わかる、という意味であるが。そして、同時に、なんとまあ、律儀なと私は感じる。
 律儀はテキトウとは反対の概念だと私は思うが、松本はテキトウを律儀につづけるひとであり、その音/リズムを支えるは、実はテキトウではなくて、律儀なのだ。これは、先に引用(?)した渡辺玄英にも通じる。
 詩を書く(ことばを書く)ときは、どんなテキトウな詩であっても(テキトウに見える詩であっても)、どこかで律儀でなくてはならない。
 「腐眠」は、こんな感じ。

眠り続けているだけなの
それは儀式なのだろうか
破れた体の底で呼吸して
ただ
生きている私を表現して
橋の上で疲れて死んだら
落下する夢の捕虜となる
使者

 十一文字三行のあと二字というスタイルで詩がつづいていく。タイトルを考えると二字のあと十一字三行、二字一行、十一字三行なのだろうが。つまり、ここでは音を「視覚」でも制御し、リズム化している。丁寧に、最後まで。律儀だね。
 この詩集全体では、いろいろな「文学作品」が引用されている。アレンジされている。テキトウにつかわれている。でも、きっと、それはテキトウではないな。きちんと原典に当たっているだろう。変更があるにしても、それは「記憶違い」というのではなく、意図的変更だろう。そういうことを律儀というのだが。
 で、その律儀さは松本にとって長所なのか、短所なのか。
 私は、もっと「破れた」方がいいと思う。「律儀」と感じるのは、それがもう「定型」になっている、ということでもあるのだから。まあ、どんなものでも「定型」になってしまうものだけれど。それでも「破れ」の解放感がほしいと思ってしまう。読者というのは(あるいは、私だけ?)わがままだからね。

 

**********************************************************************

★「詩はどこにあるか」オンライン講座★

メール、skypeを使っての「現代詩オンライン講座」です。
メール(宛て先=yachisyuso@gmail.com)で作品を送ってください。
詩への感想、推敲のヒントをメール、ネット会議でお伝えします。

★メール講座★
随時受け付け。
週1篇、月4篇以内。
料金は1篇(40字×20行以内、1000円)
(20行を超える場合は、40行まで2000円、60行まで3000円、20行ごとに1000円追加)
1週間以内に、講評を返信します。
講評後の、質問などのやりとりは、1回につき500円。

★ネット会議講座(skypeかgooglemeet使用)★
随時受け付け。ただし、予約制。
週1篇40行以内、月4篇以内。
1回30分、1000円。
メール送信の際、対話希望日、希望時間をお書きください。折り返し、対話可能日をお知らせします。

費用は月末に 1か月分を指定口座(返信の際、お知らせします)に振り込んでください。
作品は、A判サイズのワード文書でお送りください。
少なくとも月1篇は送信してください。


お申し込み・問い合わせは、
yachisyuso@gmail.com


また朝日カルチャーセンター福岡でも、講座を開いています。
毎月第1、第3月曜日13時-14時30分。
〒812-0011 福岡県福岡市博多区博多駅前2-1-1
電話 092-431-7751 / FAX 092-412-8571

オンデマンドで以下の本を発売中です。

(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512

(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

(3)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
2018年の話題の詩集の全編を批評しています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804


(4)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

(5)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977

 

 

問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする