政治的には全くいい印象のない大邱市だが、それでも、大邱市は
「ヲタク」が好きな街の一つである。
若いころ、4、5回は足を運んでいる。
国立慶北大学では、おせっかいな韓国人の知人が、私をゼミ室まで
連れて行き、彼の後輩にあたる英文科の数名の女子学生たちに
引き合わせてくれたこともあった。
「韓国語がうまくなりたかったら、韓国人の女性と付き合うのが
一番だ」との自説を、「ヲタク」に押し付けてきたのだった。
その時は、「ヲタク」も、まんざらではなかったはずだ。
しかし、ゼミ室にいた数名の女子学生は、皆、勉強熱心ではあったが
内気なお嬢さんばかりで、特に英語がうまいわけでもない内気な(?)
日本人「ヲタク」と会話がはずむはずもなかった。
結局、その中の誰とも縁がつながることもなく、中途半端な思い出
だけが残っている・・・。
また、大邱と言えば、「ヲタク」の大好きな伝説的フォーク歌手、
故・金光石(キム・ガンソク)の出身地でもある。
(※過去記事より 「韓国と二等兵の手紙」「愛したけれど」)
△金光石通り(ネイバー地図、2016年撮影より)
残念ながら、彼の知的で繊細な語り口からは、「ヲタク」が好きな
「慶尚道くささ」は全く感じられない。
△金光石通り(タウム地図、2016年撮影より)
それでも、いつか機会があれば、大邱市の彼の生家近くにある金光石
壁画通りは訪れてみたいと思っている。
ここでは、彼のトークが聞ける貴重なライブ映像(1995年ころの軍の
慰問公演)を紹介してみたい。
韓国語の学習者なら、韓国語のいい勉強にもなるだろうし、今もなお、
彼が韓国で愛され続けている理由の一端が理解できるに違いない。
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■「二等兵の手紙」曲の前のトークより
제가 이노래 나오고 꼭 제가 불러야 겠다고 생각을 했는데 왜냐면 저는
평생 이등병이거든요.
僕が、この歌が出て、絶対、僕が歌わなければいけないって思いました。
なぜなら、僕は一生、2等兵なんですよ。
6개월 다녀왔습니다.(웃음)
軍隊には6か月しか行ってませんから。(笑い)
남들은 다들 잘 갔다오고 그러는데 왜 저만 못가나 싶기도....하지는
않았어요.(웃음)
他の人はみんなちゃんと(2年半)軍の務めを果たしているのに、なぜ
僕だけが行けないのかって、思ったり....は、しませんでした。(笑い)
왜냐면 큰 형님이 군에서 돌아가셨어요. 그래서 제가 혜택을 받게 됐는데
늘 이 노래 부르기전에 부르고 이러면은 그 형님 처음 제가 국민학교
5학년 때 큰 형님이 군에 가셨었는데 훈련소에서 누렁 봉투에 입고 갔던
그 옷 싸가지고 집으로 보내 주더군요.
なぜなら、一番上の兄が軍で亡くなっていたんですよ。それで、僕の
兵役が短くなったんです。いつも、この歌を歌う前、こうやって歌う時、
兄が初めて、僕が小学校5年生の時、兄が軍に入隊しましたが、訓練所から
黄色の袋に兄が着て行った服を包んで家に送ってくれたんですよ。
그것 보시면서 우시던 어머님이 생각나고 그럽니다.
それを見ながら泣いていた母の様子が思い出されてですね。
건강하게 정말로 그 열심히 군생활하시는 것이 어떻게 보면 부모님께도
또 이 나라에도 무한한 도움이 되고 스스로에게도 큰 도움이 되지 않을까.
健康に、本当に一生懸命、軍生活を送られることが、ある意味、この上
なく、ご両親のためにもなり、この国のためにもなり、また自分自身の
ためにもなるのではないでしょうか。
뭐 이런 생각을 해봅니다.
そんな風に思います。
갑자기 형님 얘기 되니까 좀 그러네요.
急に兄の話になって、ちょっと・・・ですね。
숨 한번 쉬고 할께요.
一度、深呼吸してから歌わせてもらいます。
(終わり)