100倍楽しむ海外旅行  時々国内旅行

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歳(終末期後期高齢者)のジジイの53

回の旅行103ヶ国を100倍楽しんだ話 付録で時々エンディングノート

「スペイン・ポルトガル」編 ナポレオン時代2 忠誠広場2

2009年08月22日 08時32分26秒 | スペイン・ポルトガル

 実はこの忠誠広場はガイドブックには記載はありませんし勿論ツアーコースにもありません。この存在を知ったのは、山川出版社の「スペイン・ポルトガル史」(p212 p240)でした。プラド通りにあるということなのでプラド美術館の観光後の自由時間に出かけることにしました。現地ガイドに場所を聞き出かけましたが、方向音痴の私はウロウロするだけです。道端に止まっていたパトロールカーの警察に尋ねました。(写真)私のお粗末な英語のせいもあって警察官も良く分からないようです。そのうち日本語が分かる警察官が来るので少し待てとのことで時間を気にしながら待っていました。スペインの警察官は親切でした。

 しばらくして無線で私の英語よりはましというような日本語が聞こえてきました。そこで話しているうちにパトロールの警察官が分かった様で道筋を教えてくれました。そこでようやく見つけたのが前頁の写真というわけです。

 ところがこの「忠誠広場」は閉まっていて外からの撮影になりました。周りは全く閑散としていて観光している人は一人もいません。近くで道路掃除をしている人に聞いてもその存在を知らないようです。私のお粗末な英語のせいもありますが、警察官もあまり関心のないところのようです。どうも対ナポレオンの戦いは風化しているような気がしました。


「スペイン・ポルトガル」編 ナポレオン時代1 忠誠広場1

2009年08月22日 08時26分46秒 | スペイン・ポルトガル

 ゲリラというカタカナ言葉は誰でも知っていますが、スペイン語起源であることは比較的知られていないかもしれません。スペインは一時ナポレオンに支配されていたことがあります。ナポレオンの兄がホセ1世としてスペイン王になりました。(1808~1813)そのときスペイン各地で抵抗運動がありました。その抵抗の戦いがスペイン語のゲリラ(小戦争)でした。これ以後ゲリラという言葉が世界に広まりました。

  そのゲリラの象徴的戦いがゴヤの「5月3日」(ただし一方的にスペイン人が射殺される場面)に描かれている1808年のマドリードでの蜂起です。この蜂起を顕彰して1840年に建立されたのが写真の忠誠広場のオベリスクです。