隆恩殿という建物です。この文字にご注目ください。左が漢字(中国文字)、中央が満州文字で右がモンゴル文字です。中央の満州文字はモンゴル文字から作られました。なぜモンゴル文字があるのかと疑問があるかもしれません。王朝をさかのぼると清の前は明でその前は元(モンゴル)ですね。すなわち元(モンゴル)は明に滅ぼされますが、モンゴル人の国家が滅亡したわけでなく北方に残存していました。そのモンゴルが1636年に満州皇帝を「モンゴル・ハーン」として推戴します。その後清朝はモンゴルを臣下としてではなく同盟者、皇族に順ずるという対応をします。したがって清朝時代は漢字(中国文字)満州文字、モンゴル文字が公用文字でした。
しかし時代が進むにしたがって漢字が優位になり清朝末期の有名な西大后は満州文字を読めなかったそうです。