風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

モンゴル会

2007年04月08日 | UBから
帰国翌日、地方に帰られる方もいらっしゃるので、「モンゴル会」と称して私たちの歓迎会をしていただきました。
ちょうど、シニアボランティア派遣の15周年を記念するャXターをお土産に、そして、今年は日モ友好35周年でもあり、その記念切手も発行されました。

モンゴルを知る人にとって、オトゴンテンゲルはモンゴルの山、そしていわずと知れた富士山は日本の山。
その二つの山をデザインした記念切手も良いお土産になりました。



日本とモンゴルの旗、公募したロゴ、桜とエーデルワイスがあしらわれていて、良い記念でした。
(モンゴル中央郵便局で、1、380トグルクで売っていました。)
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チンゲル亭の表紙

2007年04月07日 | UBから
   ご愛読ありがとうございました。

2年間のUBでの生活をつづってきた「風のこたろう」は、すみこの帰国によって、終わりを告げることになりました。

2005年4月から始まり2007年4月で終わったUB生活では、いろんなことがありました。
日本に居るときから夢見ていた老後は、文化系とスメ[ツ系の趣味を持ちボランティアをする。
その3本の柱に支えられて、若々しく明るく楽しくありたいと願った生活が、そこに早々と実現しました。
UBでは3本の柱が完璧なバランスを保っていました。
さて、こちらでは、どれだけバランスを保って3本の柱を立てることができるかが、命題です。

夫は、また、彼の専門を生かしてUBへと旅立つことになりましたが、仕事の性質上、私は日本で留守番をしなくてはなりません。
日本では、平々凡々な主婦のこと、この2年間のような劇的な生活が展開されることはないでしょう。
ここで、ひとつ区切りをつけて、風のこたろうUB編の終了を致したいと思います。



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出発

2007年04月07日 | UBから
夫の2年間の任期が終了しました。
ほんとにお疲れ様でした。

朝、4時50分にお迎えの車が来ました。
6時30分発のMIATに乗るためです。

こんなに早い時間にもかかわらず、お見送りに駆けつけてくださった方が居ました。
ほんとにありがとうございました。
別れはつらいからと、在任中お見送りに空港に行ったことが無いにもかかわらず、私たちのために来ていただいて、恐縮の極み。
記念撮影をしたりして、はしゃぎまくり、ハイテンションにしていました。

さすがに、成田国際空港にランディングしたときは、思わず、落としそうになったものがありました。
今度は、娘に会えると気持ちを高揚させて、笑顔。

はぁー、かなり疲れました。





上空写真を見ると、いまさらに思うのですが、モンゴルって平原だけではなくて、川もあるし、高い山もあるんですよね。
これが、緑の草原に変わるのは、5月も終わりごろ。
毎週のように、美しい花が咲き乱れていたのを昨日のように思い出します。
今年は、雪が少なかったので、花や木の生育はどうでしょう。
去年のように、雨が多いと草原の草も生い茂るのですが。
今年は、牧草屋が集めた草がトラックに積まれたまま売れ残っているのも見られるほどでした。
今年も、草が生い茂って馬や羊たちの飼料が十分ありますようにと、上空から祈らずに入られませんでした。



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出発

2007年04月07日 | UBから
夫の2年間の任期が終了しました。
ほんとにお疲れ様でした。

朝、4時50分にお迎えの車が来ました。
6時30分発のMIATに乗るためです。

こんなに早い時間にもかかわらず、お見送りに駆けつけてくださった方が居ました。
ほんとにありがとうございました。
別れはつらいからと、在任中お見送りに空港に行ったことが無いにもかかわらず、私たちのために来ていただいて、恐縮の極み。
記念撮影をしたりして、はしゃぎまくり、ハイテンションにしていました。

さすがに、成田国際空港にランディングしたときは、思わず、落としそうになったものがありました。
今度は、娘に会えると気持ちを高揚させて、笑顔。

はぁー、かなり疲れました。





上空写真を見ると、いまさらに思うのですが、モンゴルって平原だけではなくて、川もあるし、高い山もあるんですよね。
これが、緑の草原に変わるのは、5月も終わりごろ。
毎週のように、美しい花が咲き乱れていたのを昨日のように思い出します。
今年は、雪が少なかったので、花や木の生育はどうでしょう。
去年のように、雨が多いと草原の草も生い茂るのですが。
今年は、牧草屋が集めた草がトラックに積まれたまま売れ残っているのも見られるほどでした。
今年も、草が生い茂って馬や羊たちの飼料が十分ありますようにと、上空から祈らずに入られませんでした。



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記念の勲章

2007年04月04日 | UBから
今日は、定例の教授会だそうです。
その教授会の席で、二つの勲章が夫に授与されました。
ひとつは、20年以上地質の専門家として業績を残した人に授けられるもの、ひとつは、大学の先生として業績を残したものに対して授けられるものです。

たったの4年間で、専門家としての業績を認められたことに、大いに誇りえることだとは思います。
先生としての勲章(私にはバッチとしか移りませんが、ごめんなさい)よりも専門家として、教授会の面々が認めたということに意味があると思います。

夕方からの、送別の夕食会には、教授から両方につけてくるようにと助言されたのですが、私は地質の専門家だからと言って、先生に与えられる大きいほうのバッジ(勲章)は家において行きました。

夫の頼みで、写真をアップするのは、控えさせていただき、ご報告のみにさせていただきます。
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モンゴル最後の旅が終わり

2007年04月03日 | UBから
ホスタイ ツーリストキャンプで3日間のんびり過ごし、3時にはお迎えの車が来ました。

もう、次が無いのだから、予定通り無理やりアパートを後にしました。
春が、かすかに感じられる、タヒの保護地区は、私たち以外の人と出会うことがありません。
何もかも忘れて、2回のゲル泊を楽しみました。

相変わらず、お互いに相手のしたいことに干渉せず、行動をともにしたのは、二日目午前中の散策です。

2時間も上り坂を歩き続けたとは思えないくらい爽快で楽な散歩でした。
車も人さえ見えない体験は、モンゴルならではのことです。

夫は、4年間、私は2年10ヶ月のモンゴル生活が、終止符をうとうとしています。

夫は、仕事の成果ということで、結果を出すことが出来ました。
私は、何が出来たのかなぁ。気持ちの変化は有ったのかなぁ。
よくわからないのですが、オルティンドーは習いはじめよりは、自分なりには納得のいく声が出ていると思えます。
乗馬は、一人で乗り降りが出来、素直な馬だったらある程度操縦できるようになりました。
三つの柱の最後は、ボランティア。SAVE THE CHILDREN UKの子供たちが、日本語で挨拶をして、二言三言はなすことが出来、折り紙を10種くらい覚えました。
UKからの感謝状は、額をはずされスーツケースにしまわれています。

日本では、たぶん飾ることは無いでしょうが、夫の賞状と勲章は、わたしたちの心の中に輝いています。

モンゴルに来ることによって、たぶんたくさんのものがもたらされたはずです。
今、自分ではこれとこれと挙げることは出来ませんが、日本での生活の中で、ひとつずつわかってくるように思います。



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最後の日曜日スフバートル広場散策

2007年03月31日 | UBから



ウランバートルの中心スフバートル広場を、散策しました。

スニーカーにパンツと帽子のUBスタイルは、定着したのですが、日本に帰ったら、どうなるかなぁ。



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金曜日はオルティンドー

2007年03月30日 | UBから
最後のオルティンドー練習。

これまでに習った曲は、4曲。
このところ、最初に習った2曲の復習ばかりで、なかなか、うんと言ってくれません。
このところの風邪や睡眠不足の連続で、なかなか思うように声が出ませんでした。
たった一度だけ、間接的な表現でほめてくださったことがありました。
今日も、私としては、始まりのときから考えると、上達したと思うのですが、すみこは今日は下手だったというのが最後の言葉でした。

親しみをこめて毎回のように挨拶をしてきましたが、ビャンバジャルガル先生は、日本でプロになると思っているので、最後まで厳しく指導してくださいました。

ほんとに、毎回のように練習不足の私を辛抱強く指導していただいて、ありがとうございました。
今のところ、主婦の手慰みという感覚がないモンゴルですから、先生もさぞご苦労だったことでしょう。
ホンゴルゾルには、私のような高齢者(笑)は、オルティンドーはしないとまで言われましたから、彼女らにとって、私がオルティンドーを習うことは、不思議なことだったことでしょう。

最後に、先生に詩吟の「海を望む」を聞いていただきました。
日本のオルティンドーと説明をしましたら、プロのテープを持っていないかとたずねられましたが、残念なことに持っていません。
先生も、詩吟にとても興味を持っているようでした。

呼吸法を習い、詩吟にとってはとても大きな学びがありました。
おかげで、詩吟への感覚を取り戻し、UB仮教室まで、4回もやりました。
おかげさま。




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片付け

2007年03月30日 | UBから
なんだか、荷物の片づけが思うようにはかどりません。

心ここにあらずで、あっちに手をつけこっちに手をつけ、まとまりの無い作業をしています。

今日、オルティンドーの最後の授業を受けてきました。
練習不足で、散々でしたが、先生とはちゃんとご挨拶をして、御礼もして終わることが出来ました。

これで、今夕の送別会に出席したら、公私の行事は終わりです。

1日から3日まで、ホスタイ国立公園のゲルキャンプに、ボーっとしに行ってきます。
この一年、観光旅行を拒否し続けてきた夫とやっと、小休止の旅です。
ほんとに、仕事をし始めると、ほかの事が目に入らない夫です。
週末は、楽しもう根の約束は反故になり、私だけが乗馬を楽しむ1年間でした。

当分お目にかかれませんが、元気にスイッチ切り替え旅行(のつもり)ですので、ご心配なく。
帰国後には、昨日のSAVE THE CHILDREN UKの写真などアップ、オルティンドーの練習の様子などを書きたいと思っています。

では、少しの間、ごきげんよう。


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帰国報告会

2007年03月26日 | UBから
夫の帰国報告会が、終わりました。

事務所の会議室で、同じシニアの参加を得て、2年間の仕事の報告です。
これで、やっと肩の荷を降ろし、帰国の準備にかかれるようです。

今週末までに、荷物を送る手配をして、30日のもっとも大きな送別会に出席します。

今日は、持ち帰らない衣類と本の整理しました。
捨てるものは、門番のおばさんに取りに来てもらいました。
まだ、十分使えるものは、引き取り手が現れもらわれて行きました。

これらの物の整理は、主婦として努めた私の2年間の帰国報告会のようなものだと、思ったことでした。
後は、台所用品や食器の整理です。
これも、大方のものは、相手先が決まっています。

それぞれ、心待ちにしていてくれていることでしょう。
使い古したものを心待ちにしていてもらえるのも、ひとえに、夫の誠実に過ごした2年間に裏打ちされたものと、思って良いのかなぁ。

私には、危うい場面もありましたが、まっすぐにものを考える夫の助言を数多く入れて道筋を決めてきました。かたくなだと思えることも数多くありますが、結果は、穏やかな満足感を得られるものとなりそうです。

そういう夫と、私を受け入れてくださった仲間の皆さんのおかげです。
残り2週間をきりました。
同期の方たちと、無事に、何事もなく我が家へと向かいたいものです。
そして、任期を全うすべくウランバートルに残り、私たちを送ってくださる方にも、平安で充実感のある日が続きますようにと祈ります。
それぞれの皆さんに感謝をもって残りの日をすごしたいと思います。

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