風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

きこえてくる言葉

2023年08月15日 | 詩吟
力を抜いたまま本気を出す

奥ゆかしく 勝ちに行く

最近この言葉が、飛び込んできて耳から離れない。

禅問答のような言葉に、どう解釈すればよいのか。

私の日常からはかけ離れた言葉です。


先日も、喉に力が入って苦しそうです。もっと喉をあけたらいいのでは?と
指摘されました。
力を抜く必要がまさにそこにあり、頑張りすぎたら奥ゆかしさからは程遠く
なってくるよね。

私から離れた言葉が、目の前をちらちらするってことは、もしかしたらその
じょうたいにちかづけるかのうせいがでてきたということなの?と、
淡い期待を抱く。


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吟友草加

2023年08月13日 | 詩吟
8月27日の中央会で、今年度後期の昇段試験が行われます。
吟友草加には、弐弾の受験者がいます。
 
月に1回の練習でも、ゆったりとした時間なので、十分な練習と思っています。
しかし、最近になって、ちょっと気が急いてきたのか、夢松風にもいらっしゃる
ようになりました。

悠悠としていらっしゃるようにお見受けしましたが、初段の時と違った
感覚にとらわれたようです。
自分で、CDの中から同じ吟詠を探して聞いたりし始めました。

詩吟と言う日常生活に無い物に挑戦したは言いが、何をどのようにやったら
良いのか、今までわからなかったらしい。
これで、やっと、吟友草加で詩吟を習う人になったようです。

伝えたいことが、なんだか伝わらなかったのは、きっと、感覚の違いだろう。
女性には、強く伝わりすぎて、男性には、伝わらない。
今頃になって、そうだったと、分かる。  今日は、私の開眼した日です。
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胸骨その2

2023年08月09日 | 揺り
いつもは金曜日なのだが、整体の施術日が都合で月曜日に繰り上がりました。
もっと響く声を出すための体の準備を教えて頂きました。
背筋と腹斜筋で支えると言葉で言うのは、簡単だが、息を吐ききった時に
緊張を感じるところがその筋肉である。
今までのように力を入れるという表現はしません。
あくまでも支えるのです。
先月の中央会で、詩吟体操のバージョンアップで、胸骨を意識することを
お話しました。

今月は、更に、胸骨の後ろ側の背骨の一番上のあたりにポイントを置くことを
提案しました。
これで前と後ろとで、ペアになった。
後ろを意識することで、鎖骨の下が開き、またさらに胸骨で支えることに
よってエネルギーが充満するのが感じられる。

前と後ろ、右と左、上と下 必ず一対となって作用が高まる。
面白い。そのあたりの面白さを、立った姿勢でどう伝えていくか。

整体の帰りにテレワークコースで、一人カラオケ。
整体で体の調整が出来た後だから、もうすでに体は喜んでいて、面白いくらい
声が出る。この声が出る時は、勝手に揺りが入る。あぁ、快感!

若い時は、出したい時すぐに出てきた声がこんなにも手間のかかる体になったのか。
しかしその頃は、めったやたらに大きな声を出していたから、どんなに時間を
かけても、揺りには至らなかった。むしろ、揺りなんてと思っていたもの。
 
まだ、無理なのに、揺りをどうしても入れたいという会員さんに、安定した
声が出るようになったら、自然と揺れて来るよと、伝える。
それでも、揺りたい。その気持ちはよくわかる。
自分の体をもっとコントロールして次に進めるのだよ、詩吟体操の本当の
意味をもっと深く正しく伝える方法を考える。考える。かんがえる。
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夢松風

2023年08月08日 | 詩吟
夢松風のメンバーは、まじめで、予習が大好きです。
様々な音源を探して、聞いていた人。
コンダクターを手にして、音程を確かめ始めた人。
私の録音した吟詠で、復習をする人。
上手すぎる人(と、彼女は評する)の吟詠は、どこが切れ目かわからないと。
忙しくてそれどころではないのに、最近、とても良く声が出るようになった人。なぜ?
音程探しをして、やっと見つけた人。
体調不調で、悶々としているけれど、電話の声が明るく元気な人。

それぞれの持ち味で、教室に参加しています。

今は、「春秀のCD」を聴くこと。57題の吟詠が尽きることはないだろう。

教材として、CDを聞くのは、以前なら考えもしない事。詩吟はあくまでも
口伝えで教え学ぶのが常識だった。今のこの時代では古い考えになった。
いろいろと音源を探して、彩の違う吟詠を身につけるリスクを背負って混乱
してしまわないようその選別のサポートをすればよいのだろう。
それなら、最初から、関吟の正当な型を耳にして体に覚えさせるのが良いのです。
私はCDは、自らが自らの意志で自習するものと思っていましたから、長い間
手元に温存していました。
今頃、夢松風で相当の効果をあげているということは、聞く耳と聞いたことを
再現する能力が備わったためです。

それが、証拠に、生き生きと感想が集まってきます。
今がいい時期だったのですね。

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私の補習時間

2023年08月07日 | 詩吟
5日の土曜日教室は、会員さん2人とも体調不良のためお休みとなりました。
会場は、キャンセルできませんから、私の個人練習に使います。

日の差し込む明るい窓に向かっていると何と言っても気持ちが良い。
      お陰様と言葉が出る。

縮刷本の適当なページから順番に復習をしていきます。
時々のメモをしながら、前に吟じた時と違っている事などを感じています。
前回あれほど難しかった詩が、今日はすいすいと吟じられる、おかしいなぁ。
あ、そうか、今は、喉が滑らかになっているからだね。
まだ、喉の滑りが悪いうちにこの詩は、詠えないんだね。
喉の調子が明らかに悪いときに課題だった詩は、出来の悪いサンプルだった
わけで、当然、会員さんたちの飲みこみもイマイチになるんですね。
指導者の体調にかかわらず、新しい吟題を自分のものとして吟じられるように
なるには、如何ほどの時間が必要なのだろう。

基本が体にしみこんだらと言うのは、いつのことなのだろう。
様々な技を繰り広げるようになるには、いつのタイミングなのだろう。

先日春秀のCDを聞いた会員さんの吟詠の出来上がりの良さに唸ったなぁ。
もう彼は、良い音を聞いて自分で再現できるのですよ。
男性に男声の音源は、容易に受け入れられるのでしょう。
私の春秀音源には、57題の吟詠があります。
これを男性がいやもちろん女性も、自習したらどんな効果があるのか、計り知れない。
私のすることは、教えることではなく、見守ることとなる。
そう、私の出来ることは、ここまで。
その先は、学ぶことはいっぱいあります。
別の角度から学びを始めるか、今のまま進むのか、選択肢はいろいろ。
他教場の先生から学ぶという手が、芦孝会にはあります。
どんな選び方をしても、私の会員さんたちの行方は目で追いながら、その成長
を見守っています。
余りに、関吟からそれたら、一言は言ってしまうことだろう。


手取り足取りしていたのが、気が付いたら独り歩きが出来るようになった
我が会員さん、いつまでも幼児のように抱きしめていてはいけないねぇ。
よく頑張って、ここまで来ましたね。おめでとう。

私も、良くここまで来たねと言ってくれる人がいたならなぁ。
厳照先生の教場を訪れ、今も、ご指導を受けているかつての吟詩部仲間に、
深い嫉妬を覚えたのは、2019年の事。
仲間の輪から結婚ということで抜け出たのは私なのだから、情けないと思いつつ、その輪に居続けた人のことを羨ましくて仕方がない。
「いいなぁ、あんなに愛されて。そばに居てくれて。」やっと、この言葉を
表に出せた。
先生に良しと言ってもらえたら、どんなに未完成の吟詠でも、胸を張って壇上
の人に慣れる。でも、それがないのは、何とも心もとない。
いいねと言ってもらえるうちは、だめ出しをしてもらえるうちは、心安らか。
なにも心が乱れない。
あの頃に戻りたいなぁ。
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補習授業

2023年08月06日 | 詩吟
夢松風教室の前後に部屋の空きがあって、補習のための部屋確保が容易に
できるのがわかりました。

ずっと以前は、今よりもフットワークの良かった私が、先方に出向き、
カラオケを活用するなどして補習練習を行ったこともあります。
カラオケの費用は仕方ないとして、その他について、望ましい運用を試行錯誤
しました。これと言う決定打の出ないうちに、コロナとなり、結論の出ない
まま練習自体が無くなりました。

いまでは、その頃には思いもしなかった会議室の利用方を見つかり、望み通り
形で部屋の予約ができるようになりました。
気軽にやりたいだけの補習が出来るようになり、あの頃二人で試行錯誤して
悩んだのは何だったのだろうと、思います。

自粛でフットワークが悪くなり、体力気力の問題も低調となりました。
遠くまで出かけてよくぞ吟詠指導をやっていたものだと自分ながら、感心します。

出かけてまでと言う気力減少した訳は、その他にもあります。
この困難な時期に切磋琢磨し続けた人がグンと力を増してきて、余計な手出し
が必要なくなってきたことも感じます。
自力解決が出来るようになってきたのは素晴らしいことです。
    「いつまでも子ども扱いしない。いつまでも先輩面をしない。」
自粛期間があったおかげで、のほほんな私にも変化を強く感じることが出来ました。

私の出来ることは、「基本の基」について語ること。中には、もうすっかり
卒業して離れた人もいます。もう、私の補習は必要ないからと失礼ながら
申し上げた方も居ます。   自信を持ってすすめ!
螺旋を描いて上昇する時、基本に戻るのは、先生の元に戻るのではなく、
自分の螺旋を描いて基本を極めるのですよ。

自分のおかれた位置を、改めて知った時に思ったことでした。

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須藤論語つづき

2023年08月02日 | 論語と
 須藤先生の資料によるお話 
    

先生の27歳の時の旅は、スケッチブックを持っての旅。
御朱印帳などの存在を知らなかった時代、お寺巡りの時スケッチブックを
差し出して記帳をしていただいたそうです。

この御朱印は、龍安寺のもの。
「吾唯知足」の四文字。それは茶室蔵六庵のつくばいの文字でもある。
この文字は、吾足るを知るではなく、「足すを知る」と読み禅の布施の
精神を表しているのだそうです。

その他の訪れた何枚もの墨の記帳を大切そうに見せて頂きました。
早々にお帰りになったので、写真を撮らせていただく暇がなかったのは、
残念でした。

先生の言葉を聞きながら、体の中をスーッとながれていくものがあり、
波立っていた気持ちが静かになっていきます。

いろんな思いがごちゃごちゃとして、言い訳をしたくてたまらなかったのに、
そんなことは、なるようにしかならないとあきらめることができる。
今、私がしたいことは、何?と問う。
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須藤論語と福田論語素読

2023年08月01日 | 論語と
須藤論語の愛宕にある教室に誘われて参加しました。
都合で、2教室に統合縮小した須藤論語は、体調をみながら、休み休み続けて
いらっしゃいます。
久し振りの参加に、楽しみにしていると、今回は、全日本論語素読会会長の
福田さんご夫妻も参加とのことで、期待が増しました。

福田さんとの出会いは、2013年6月の足利学校の論語と素読の会でした。
それに引き続いて、同じ年の10月12日今度は、江戸川道場主催の「詩吟と
論語と素読」のコラボ企画とそれに引き続いて行った詩吟の合宿でお世話に
なりました。
翌日は、渡良瀬河畔にて福田氏先導の論語の素読から朝が始まりました。
(福田氏が先導して河畔で総長の素読を楽しんでいるYouTubeがあります。)
その後も、足利薪能や二度目の合宿などでお世話になりました。

その時の体験から、詩吟体操をアレンジして、「詩吟素読体操」なるものを、
なさっているそうです。


須藤先生も、予定の講義と、持参の資料の説明もも余すところなく語り終え
満足のご様子でした。
須藤先生は、ほんとうに論語を語るのが命のお方ですから、講義を始めると
具合の悪いのはどこかへ飛んでいってしまうようで、語るごとにお元気に
見えてきます。語り終えた時は本当に満足そうで、幸せなお顔になります。
くれぐれもお体大事に、快癒なさいますよう願っています。
念願の、コロナで延期となったままの「長恨歌その3」も開催できますように。
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