風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

モンゴル語研修 II

2005年02月25日 | チンゲル亭過去日記

ちょうど半分まで来ました。
モン語は、順調に単語を覚える事が出来たら、日本語と同じ並びなので、とても簡単!

しかし、悲しいかな、単語が一つ増えては、一つ忘れ。。。
とりあえず、挨拶は出来るようになった。
前途多難では有るが、幸い8人のメンバーが和気藹々と、時に大爆笑しながら、日々過ぎている。

全く、どうしようもないほど意味不明だったアルファベットが、なんだか読めてくるから可笑しい。

今日は、幼児の歌を教えてもらった。
メロディーを聴こうとすると、文字が読めず、文字を読もうとするとメロディーが聞こえない。(笑)

しかし、先生はほめ上手だった。
「今どこを歌っているか、文字を目で追えたでしょう?」
「すばらしい!」
と、言ってくれましたとさ。

明日は、土曜日。水曜日が半ドンなので、明日は終日です。
お休みは日曜だけ。

今朝は雪。帰宅時はかなり冷えました。
明日の天気は、どうかな。
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モンゴル語研修受講

2005年02月20日 | チンゲル亭過去日記

9時半から、5時半まで机に張り付いて講義を受けました。
ツァガントルゴイと呼ぶ、アルファベットをまず習います。

大文字、小文字、印刷文字、手書き文字が微妙に違っていて、しかもキリル文字は、全部で35個あります。
ふーっ。。。

そして、母音が7個。
AEIOUのほかに、日本語の発声に無いUとOがあって、聞き分けて、書き分けて、とても惑わされる。
先生は、口をはっきりあけたりすぼめたりして発音してくれるので、わかりやすいのだけれど、実践となると苦労するだろうなぁ。

果たして、会話を成立するところまで、習得できるかな。

オルティンドーのお稽古にも、すぐに反映する事なので、余計にちゃんとしなければと思う。
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娘と家具屋さんへ

2005年02月16日 | チンゲル亭過去日記

はぁー、これが、花嫁道具の下見ならいいのだけどなぁ~~~・
狭い家を広く住むように、いろんなものを経済的に処分した仕上げです。

買うなら、捨てなきゃ良いのにといわれそうですが、どうにもならないものはどうにもならないのです。
大きすぎるものは、処分して、スペースを買ったのです。

コンパクトなダイニングセットを、二人で選びました。
私の好きなウオームオレンジの合皮の座面のぶな材の椅子。
85×85のテーブル、これは硬くて丈夫なオーク、あえて椅子と同じ素材にしなかったのは、椅子のやわらかいカーブとオレンジの色がオークそざいの椅子では合わない気がしたのです。

接客をしてくれた、店員も知識が豊富で、私たちの希望を良く聞いてくれて、広いフロアから探し出す手助けを能率よくしてくれました。

きっと、すっきりしたダイニングになるだろう。
届くのが、楽しみ!

娘の本番の家具選びは、こんな風に選べたら、十分納得できるだろう。
早く来い。
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次への準備

2005年02月07日 | チンゲル亭過去日記

証明写真、戸籍謄本。
明日は、9時からオリエンテーリングが、始まる。
7時50分には電車に乗っていなければならない。

娘たちと同じころに出かけ、6時過ぎの帰宅になる。

これが、3月5日まで続く。
ウランバートルの生活に続いて、毎日時間に追われない生活をしていたので、きっと最初は辛いだろう。

そうやって、体が動き出せば、心も頭もついてくるだろう。
今日は、ピアニストの紘子さんが、集中力は筋力といっていた。
とうとう、ジムには行かなかったけれど、電車に乗ったり、歩いたり、脳みそをゆすぶられたりするうちに、いい方向に向くだろう。
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出張終了

2005年02月06日 | チンゲル亭過去日記

今日、夜遅くに夫が出張より帰ってきます。
おじ様が、心配して昨夜電話を下さったのです。
1ヶ月の予定で出ましたから、おとついの4日に帰宅したと思っていらっしゃったようでした。私の反応があまりに淡々としすぎているので、肩透かしを食ったのではないでしょうか。

というのも、夫の現場出張は30年来、1週間単位でまず遅れる。
だから、玄関に「ただいま」と帰るまで、帰宅の日というのは私のカレンダーには記入されないのです。
そうでないと、延びるたびに留守宅の生活のリズムを大幅に狂ってしまうからです。
娘たちとの予定も、そのたびに延期しなければならないのですから、顔を見ない事には、何事もはじめない、始まらないのです。

さすがに、年を重ねると、現場には入りびたりではなくなり、予定通りに帰ってくるようにはなったのですが、顔を見なければ信じないというのは、リセットされてないのです。

おじの電話の後で、夫からの電話がありました。
現場を出発し最寄の空港の傍のホテルからという事なので、翌日の今日はどう有っても成田に到着する事がわかりました。

夜遅くの到着なので、夕食の心配はありません。
魚を食べたいというのは判っていますから、明日は、新鮮な魚を見繕うことにいたしましょう。
「亭主元気で。。。」は、本日で終了です。
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ばぁbになった彼女

2005年02月04日 | チンゲル亭過去日記

2才になったばかりの孫と娘夫婦と二世帯で住む事になった彼女。
ばぁば、○○ちゃんとよびあってじゃれている様子は、ほんとにかわいい。
人見知りというけれど、そのうち、私にむかって回らない口でおばちゃんと呼びかけてくれるようになった。
そして、私の足の上には、孫ちゃんが生まれる前から飼っていたワンちゃんも寝そべっている。

子供にも、動物にも好かれる私である。 ばんざい!

賢い彼女は、ちゃんと線を引いて、目をつぶるところはつぶり、言うべきところは厳しく言い渡して生活しているらしい。
なんでもそうだけれど、「過ぎたるは及ばざるが如し」なのだ。

彼女と知り合って、20年あまり。
お互いに引っ越しても、いまだにつかず離れずの関係が続いている。
私が、何かの拍子に依怙地になる事も良く知っている。
今日も、しっかり指摘されてしまった。(笑)
一刀両断、すぱり!なので、腹を立てるより、よく判られすぎていると、喜んだりして。。。

彼女の、元気をもらった。少し浮上してきた。

彼女に限らず、付き合って長い短いに限らず、わかってもらえている人ってあっちにもこっちにも居るじゃないか。
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プチとじこもりか?

2005年02月03日 | チンゲル亭裏日記
メールを書くのは、なんとも無いが、電話をしようとするとドキドキしてなかなか、番号がプッシュできない。
思い切ってかけてみて、相手が留守だったら、ほっとする。
この症状は、帰国後すぐ始まって、なかなか改善しない。

一時的なものと高をくくっていたが。。。

帰国直前のウランバートルでは、日本に帰ったら、毎日のように電話をかけて、知り合いに会う約束を取り付けて、あそこに行こうここに行こうと夢想していたのだけれど。

相手先からのお誘いには喜んで乗るのだけれどなぁ。
プチ閉じこもりか?

モンゴルからの帰国スイッチがちゃんと入ってないのかも。

お出かけ大好き娘が2年間の中国生活の後帰国したときも、不思議なくらい出かけないで家に居たよね。
久しぶりに帰ってきて、会いたい人、行きたい所がいっぱい居るだろうにといぶかしがったものだ。

今の私の状態は、それかなぁ。娘も結構長かったと思う。

今は亭主元気で留守、そして、娘たちはまだ優しくしてくれている、鼓太郎は擦り寄ってくる、という心地の良い状態にいるものだから、余計なのだろう。

あわてず、マイペースで自分を取り戻そう。
娘もそうだったものね。
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プチとじこもりか?

2005年02月03日 | チンゲル亭過去日記

メールを書くのは、なんとも無いが、電話をしようとするとドキドキしてなかなか、番号がプッシュできない。
思い切ってかけてみて、相手が留守だったら、ほっとする。
この症状は、帰国後すぐ始まって、なかなか改善しない。

一時的なものと高をくくっていたが。。。

帰国直前のウランバートルでは、日本に帰ったら、毎日のように電話をかけて、知り合いに会う約束を取り付けて、あそこに行こうここに行こうと夢想していたのだけれど。

相手先からのお誘いには喜んで乗るのだけれどなぁ。
プチ閉じこもりか?

モンゴルからの帰国スイッチがちゃんと入ってないのかも。

お出かけ大好き娘が2年間の中国生活の後帰国したときも、不思議なくらい出かけないで家に居たよね。
久しぶりに帰ってきて、会いたい人、行きたい所がいっぱい居るだろうにといぶかしがったものだ。

今の私の状態は、それかなぁ。娘も結構長かったと思う。

今は亭主元気で留守、そして、娘たちはまだ優しくしてくれている、鼓太郎は擦り寄ってくる、という心地の良い状態にいるものだから、余計なのだろう。

あわてず、マイペースで自分を取り戻そう。
娘もそうだったものね。
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わぁ。ひさしぶり

2005年02月02日 | チンゲル亭過去日記

昨日は友人と会食。

場所はおととしまで勤めていた職場の隣のビルのレストランでした。
毎日通った道筋をたどっていると、私って働いていたのよねぇと思い出した。
結構充実した毎日だったなぁ。
地下道を10分ほど歩くと、地上への出口に到着します。

レストランは28階で夜景がきれいでした。
2年余り通ったところなのに、そういえば忙しすぎて、プライベートではレストランに行く事も無くて、こんな素敵なところがあるとは知らなかった。

予約の労をとってくれた彼女は、こんなお店の情報を数多く持っていて、何か集まりがあるというと情報をもらうのでした。

6人のフルメンバーで集まれるはずが、一人がインフルエンザの疑いがあるとの事で、5人になりました。

問われるままに、モンゴルのことウランバートルでの生活をかたり、彼女たちの近況を聞き、旧交を温めたのでした。
おばあちゃんになったり、息子さんが独立したり、10年前に始まったころは今のこの様子を、思いもしなかった。
目の前の事をこなしていくのが精一杯で、過ぎ去った事を思い直すゆとりもその気も無かった。

私のように、専業主婦をしているのは、私だけで、皆さん忙しく働いていて生活に動きと流れがあるのでした。
私にも、目に見えなくても流れがあるとは思うのですが、淀んではいないよね。

おいしい料理と、楽しい会話で、ひと時を楽しみました。
娘の職場が近いので、残業を終えた娘がレストランに駆けつけてくれました。
友人と食事を終えた後、娘と一緒に帰宅する。いいね。

その前日の31日の夜は、近所のおうちに用事のある娘に誘われて、一緒にお邪魔しました。
そのお宅での、お茶を飲みながらのおしゃべりもたのしかったのですが、往復のそぞろ歩きも、かけがえの無いもののように思います。

こんな、何気ない優しい時間は、いつまでできるのかなぁ。
娘は結婚しても母の元に帰ってくるとは聞くものの、やはり家庭を持ったら様子が異なってくる事でしょう。
とはいえ、まだ、具体的に結婚がきまっているわけではないのだから、そのように思うのはまだちと早いね。
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湯たんぽ

2005年02月01日 | チンゲル亭過去日記

今が一番寒いときなのかしら。
人間の体は、ほんとに良く出来ているものだと思うのです。
寒さにも、暖かさにも、暑さにも順応できるようになっているのですね。
その精妙さに驚きます。

マイナスの気温体験ですっかり寒がりを返上したかな?と思ったのもつかの間、部屋が寒いのでもう何十年も忘れていた、湯たんぽを使い始めました。

ウランバートルでは明け方の冷えで目を覚ます事が無かったのですが、こちらでは、パッチリ目を覚ましてしまいます。
そのときは、足が冷え切っているのです。
それで、母が使っていた湯たんぽを出してきたのです。
これが、ほんとにいい気持ち。

置く場所を間違えると、夜中に汗をかいて、目が覚めるのです。
明け方目が覚めたら、ちょっと足を延ばして、暖かさを確かめるくらいの位置に置くのがちょうど良いのです。
そして、湯の温度は沸騰するまで沸かさないで、ちょっと前で止めるのが厚すぎないこつです。

鼓太郎も暖かくて、喜んでいます。
ウランバートルで、暖房が切れた後にまだ寒い日がありますが、そのとき湯たんぽが有ったらなぁと思ったのでした。
ペットボトルが少々熱で変形するのですが、お湯を入れバスタオルで包んで代用したのでした。
第三地区の高級食器を売っている店で、ゴム製の湯たんぽらしきものを見つけた時はもう暑くなっていたので、ザンネン!でした。
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