風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

新教室

2010年04月18日 | 詩吟
いよいよ、新教室が始まりました。

問題になっていた教室名は、すんなりと「夢青葉」にきまりました。

すでに、関吟にメンバー登録をしている二人と、見学の方一人。
そして、その見学の方の娘さん夫婦が付き添い?で参加。

皆さん、初心者として同時スタートですから、あれこれ思い悩むことなく、基礎的な練習と、吟を一節ずつの繰り返しをしました。

最初は、体ほぐしから、適当なストレッチもどきをして、白秋のアイウエオの詩を皆さんで朗読。

最初の練習に選んだ詩は、広瀬淡窓作の「塾生に示す」

詩吟をこれから仲間と一緒に学ぼうとするときにぴったりの詩だと思いました。

基本吟を繰り返し吟じ、体に覚えさせることで、基本を身につけ、次の吟が吟じやすいはずです。


場所提供をしてくれたTさんは、仕切りやさんなのです。

それもそのはず、別の曜日では、彼女が先生となって絵を教えているのですから、その雰囲気を身にまとったまま、そして、店主という貫禄も自信もあるのですから、控えめにしている私は、形無しといった風情。

そのうち、詩吟の練習が重なれば、わかってきてくれるはずですから、最初からあれこれというのはよしておきましょう。

あまり物事にこだわらないところもありますから、おいおいに、知っていって貰わねばならないことが結構ありそうです。

詩吟の練習は、予定通りに運び、丁寧な練習と喜んでもらいました。

見学の方も入会手続きをしてくださり、次回から3人のメンバーとなりました。

諸先輩の参加にも抵抗感は無いようですから、近いうちに、お客様で来ていただくことにいたしましょう。

桜の残る春のこの時期に、良いスタートが切れました。

東京支部の名簿にも載せていただくことになり、うれしいことです。





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新教室

2010年04月15日 | 風のこたろう裏日記
4月18日、詩吟の新教室がはじまります。
場所は、東村山市。
友達の、店先をお借りして、まずは二人から。



いろいろとご相談をした結果、
「夢」の文字に、意外や意外、皆さん好感触を持たれて賛成してくださったのだが、最初に賛同してくださったのは、一番年配の方だった。
娘に言ったら、夢工房って、お母さんのイメージではない、詩吟の教室らしくないと。
それに店の名前を教室の名前にするのは、ちょっと問題があるよね。と。
うーーーん。思っていることは、ちゃんと伝えねば。


青葉というのは、教室の住所地で、私の雅号の萌照とよく似合うなぁ。。。
いつまで、この地で指導が続けられるかわからないから、それは、理由の最後にあげるとしよう。

ゲスト先での飲み会や、前回の中央会のあとでも、東村山から程近いところに住まいのある方が、参加したい意向を示してくださって、心強い限り。

ただ、二人のスタートメンバーのやる気を起こさせるタイミングで、参加してください。今は、そっとして置いてくださいとお願いしました。

スタートメンバーが二人と見学が一人。
東京支部のメンバーで長年続けていらっしゃる方で、参加したいとおっしゃる方が、三人。

いつ、参加してもらえるのだろう。

まず、18日のお稽古の出来具合、というのは、生徒さんのではなく、私の出来具合が肝心。

うーーーーー。。。・・・
楽しみで、胃が痛いかな?(笑)
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あいうえお

2010年04月10日 | 詩吟
かあさんは、今日は一日家でPCの前にいる。
時々、模範吟の音声も流れてくる。

発声練習とやらの資料を、何とかまとめようとしている。
結局、あちらにもこちらにも出てくる白秋の「口の体操」あるいは「五十音」という題の詩が一番いいとわかったみたいだねぇ。

母さんが、やっとモンゴルから帰ってきて、それからしばらくしてやっと詩吟の会に行く気になって、練習に参加したときのこと。
母音を正しく発声するために、白秋の詩を朗読するのが練習はじめに取り入れられていて、へーって、思ったらしいよ。

18日の、最初のお稽古をどうするか、いろいろ考えているらしいけど。

下手にあれこれ小細工するより、母さんらしく直球勝負すればいいのに。

それには、かあさんが声を出して、練習をするのみとおもうけどなぁ。
PCのなかには、何も無いとおもうけど。

ずーッと前、まだ、僕がこの世にいないころ、母さんは、ウイークデーに詩吟を教えていたらしい。
そのときは、まだ、師範代だったこともあり、突然に引き受けたこともあって、無手勝流の教え方だったらしい。

基本に忠実に、正しい姿勢で正しく発声する。
それのみ。

最初のお弟子さんが初心者のお二人だから、それに友達なんだし、あまり考えずに、楽しく声を出せるように教えてあげてくれよな。




       五 十 音     
                             北原白秋

  あめんぼ あかいな アイウエオ
              浮き藻に 小えびも およいでる
  かきのき くりのき  カキクケコ
              きつつき こつこつ 枯れけやき
  ささげに  すをかけ サシスセソ
              その魚  浅瀬で  刺しました
  立ちましょ らっぱで タチツテト
              トテトテ タッタと 飛びたった
  なめくじ のろのろ ナニヌネノ
              納戸に ぬめって なにねばる
  はとぽっぽ ほろほろ ハヒフヘホ
              ひなたの お部屋にゃ 笛を吹く
  まいまい ねじまき マミムメモ
              梅の実 おちても 見もしまい
  焼きぐり ゆでぐり ヤイユエヨ
              山田に 灯のつく 宵のいえ
  雷鳥は 寒かろ ラリルレロ
              れんげが 咲いたら るりの鳥
  わいわい わっしょい ワイウエヲ
              植木屋 井戸換え お祭りだ


  


  漢字でもかいてみようかな

水馬 赤いな アイウエオ
     浮藻に 小えびも 泳いでる

柿の木 栗の木 カキクケコ
     啄木鳥 こつこつ 枯けやき

大角豆に 酸をかけ サシスセソ
     その魚 浅瀬で 刺しました

立ちましょ 喇叭で タチツテト
     トテトテ タッタと とびたった

なめくじ のろのろ ナニヌネノ
     納戸に ぬめって なにねばる

鳩ぽっぽ ほろほろ ハヒフヘホ
     日向の お部屋にゃ 笛を吹く

蝸牛 螺旋巻 マミムメモ
     梅の実 落ちても みもしない

焼栗 ゆで栗 ヤイユエヨ
   山田に 灯のつく 宵の家

雷鳥は 寒かろ ラリルレロ
   蓮花が 咲いたら 瑠璃の鳥

わいわい わっしょい ワイウエオ
   植木屋 井戸換え お祭りだ
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オルティンドー

2010年04月06日 | モンゴルについて
3日は、映画とライブとモンゴルの友のモンゴルデーでした。

その、オルティンドーとほーみーと馬頭琴の生演奏は、オルティンドーの女性歌手二人はマイク無し、馬頭琴とホーミーはマイクありという珍しいくみあわせですが、マイク有り無しが、感じられないほどでした。

小さな会場で、マイクは無しでもOKの広さでしたが、そのような組み合わせにしたのは、細かい考えはわかりませんが、それでよかったのです。

詩吟と同じで、地声ですから、マイク無しでも基本的にはなんら遜色は無いのです。

特にわが師、三枝綾子のこえは、たっぷりの清涼と豊かな響きがあって、マイク無しの選択はまったく持って正しいと思いました。

モンゴル民族の伝統券\と、日本民族の伝統券\と、その長く声を引く発声は、会い通じるところがあって、聴いていて楽しい。
詩吟のよさを再確認もする。
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どうする?

2010年04月06日 | 詩吟
記事カテゴリーに、詩吟を加えました。

そしてその始めての書き込み。

18日に、楽しみにしていますとのメール。
それは、若葉会(仮称)のメンバーではない方からのものでした。

ほんとにごめんなさい。総会に欠席するなんて誰もおもわないことですよねぇ。

総会か、個別の教室を比べると、まず総会なのでしょうが、記念すべき第1回目の教室ですから、期待して下さっていたお二人プラス一人に対して、先送りにしたくなかったのです。
そして、私の教室をきちんと運営して初めて、よその教室に言って、物がいえる気がするのです。

よその教室で物が言いたいわけではなく、「今その人に言ってあげたいことはいまじゃなきゃ」という思いで、先に詩吟を始めたというだけで、言わせていただいていたわけですが、どんな場合も、なんだか後味の悪い思いをするのです。

若葉会(仮称)が、始まれば、同じことが逆の立場で行われる可能性が、出てくるわけで、これで、同じ立場になれて、後ろめたさがなくなるんじゃないかと、期待しているのです。

あまいかなぁ~

東京支部の良いところは、すべての教室に、いつでも参加できることです。
会員登録をする会場を一つ決めて、その所属は事務連絡のために必要とされ、後の練習は、好きなだけ行くことができるのです。
それぞれの教室が、月に1回のお稽古日であるということもその理由でもあります。

関吟東京の中では、野田先生の次に古いということで、実績も無く中抜けの時期があるにもかかわらず、尊重していただいています。日本伝統券\を習っていく上での美習であり、悪弊でもあるわけで。。。
部活のときも、技の習熟よりも先に吟詩部に入部したということが重要であり、年長者は敬わねばならないとされていました。

そんなわけで、所属以外の練習場に行ったとき、つい、伝えたいことを言ってしまっています。今のところ、好意的にうけとめられているようですが、、、
私の、この立場を悪弊にしないように、気をつけねばね。

さて、偉そうなことを言いながら、人の期待を裏切ったことには変わりなく、どうして回復したらよかろうか?



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チャンドマニ

2010年04月03日 | モンゴルについて
ホーミーの故郷

映画チャンドマニ〜モンゴル ホーミーの源流へ〜


渋谷駅で待ち合わせたのはTさん。
先日このブログがあったおかげで、音信不通だったモンゴルの女性と連絡が取れたのはつい最近のこと。

整理券を受け取り、始まるまでその建物の中のレストランでお昼を食べながら、積もる話をしました。
そして、1時「チャンドマニ」のスタート。

モンゴルの懐かしい景色が、奥行きも広さもよく撮ってあり、言ったことの無い人にも創造できそう。

オルティンドーを習っていたトメン・エヒの懐かしい赤い扉、薄暗い客席、古いピアノ、先生だった歌手のビャンバジャルガルのオーハエ(発声練習のことば)が聞こえ、別のシーンでも、オルティンドーの歌声がきこえた。
残念ながら、映像には出てこなかったけど。

ホーミー、民族舞踊、オルティンドーの劇場の練習風景が移され、毎週通っていたあの場所ではあんなことが行われていたのかと、今頃になって映像で見せてもらった。

ホーミーの歌手をしている男性と、親がホーミーの歌手だった男性が、くしくも同じマイクロバス(モンゴルではミクロという)にのりこんで、2日がかりで、ウランバートルからチャンドマニへと向かう。
その社中での、見知らぬもの同士の心の交流が、うんうんそうだろうなぁと描かれていた。

私たちは、ミクロでの長旅はしなかったから、でも、大学のバスの日帰り旅で、同じような事が行われ交流があったから。

二人の男性は、ミクロで乗り合わせたけれど、お互いホーミーのことは会話に出さな買ったのだが、きっとホーミーをしに帰ってきたと感じているところが、モンゴルなのかなぁ。

あちらに住んでいる間は、よく「モンゴルには、守り神が身近にいて、望みをかなえる力を与えてくれている」と、感じることがよくあった。

それがかなえられてみると、日ごろ一番やりたいことと思っていたことではなく、一番やりたかったけど、思いの表面に浮かんでいなかったことだったりするのだった。
でも、実現してみると、これが一番だったのかもと、実感するのだった。


そんな守り神の援助を、日本では、受け取る力を失っている人がいっぱい居る。
モンゴルは、そんな不思議な思いを、確信するようなことが起こった。


去年から留学していたTさんは、何かの調べ物をしていて「風のこたろう」にであったそうだ。
続けていてよかったなぁ。

きっと彼女は、半分は退屈だっただろうけれど、コンサート最後の昇る朝日は、口ずさんでいたようだった。




馬頭琴のバトオチルさんの力はすごいなぁ。
馬頭琴で、いつもおどろくのは、独奏者としても腕があるのに、オルティンドーの伴奏をすることだ。
そして、暖かく強く包み込みながら、オルティンドーの邪魔を決してしないこと。
歌手の気持ちをほぐし、最大の力を発揮させることが出来る。

そして、他の共演者に対しても、競いながら競わず、暖かく見守る。
まるで、理想の父親像そのままだ。


モンゴルでも若者は、伝統券\から心が離れがちですが、こんなちゃんすにモンゴルのことを思い返し、大切に思う気持ちが芽生えたら、とってもよいなぁ。

しかし、会場を見回してもモンゴル人らしい人は居なかった。
おなじモンゴロイドをしているから、モンゴル人の彼女にも東京ですんでいるモンゴル人の見分けはつかないことが多いというから、居たのかもしれない。

主演の男性は、彼女の同級生だということだった。なんという偶然。

土曜の午後半日を、モンゴル色一色ですごしたのでした。

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