風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

15周年にむけて

2014年07月31日 | 詩吟
今ごろ、先日の幹事会でプログラムの原稿のための打ち込みをしているころなのです。

そのために、新人さんのことについての問い合わせが来ました。

私はというと、ただいま、記念品の注文についての打合せの最終段階で、パソコンの前にいるものだから、受け取ったメールを、すぐにキャッチして、返信ができました。

さて、記念品は、大会当日の一か月前に届くように、手配した。
もしか何かの事故が起きた時のために、直接会場に送るなどと言う大胆で危険なことは、とてもできない。

とりあえず、ロゴの決定をして、納期をきめたので、半分安心。
納品されるまで、思い出しては、ドキッとすることだろう。
こういう商取引は、相手を信用して成り立つものなんだねぇ。

今まで、やったことがなかったので、初めてのタイプの、どきどきを経験することになる。

次回はもうないだろうけど、今ここにある現物を見て、物事を決定する方式を選ぼう。
それには、足を運び、汗を拭いて、行うってことが、安心確実なのよね。
今までの、幹事さんがやってきたこと。
パソコンで労せずやることは、大きなリスクもあるわけだ。
パソコンを便利に使っているつもりでも、ある部分、振り回されているのもあるねぇ。

時々、労せず物事を調べることができるので、実際よりは物知りで、賢そうにふるまったりしていて、恥ずかしくなることがある。

さて、次に、十五周年練成会の準備といえば、練習、練習、練習。次の練習で、どのくらいできるかなぁ。
夢青葉は、あと二回。松風は、あと四回の練習ができる。
ともに作り上げる、連合吟は、いいなぁ。練習をしていて、とても楽しい。

準備と言ったら、練成会なのだから、吟詠をするしかないのだけれど、周年行事のお祭りとしての盛り上げも必要となる。

夢組として、懇親会の出し物は、前回も行った関吟応援ソングの合唱と、決まったようなものだ。

他教室は、何を準備して来てくださるのだろう。楽しみだ。
こういうお楽しみの部分も、鍛錬の部分もあるから、発表会ではなく、「練成会」なのだよね。

そして、次に、着るものに惑わされるのは、女性につきものなのだねぇ。
衣装に対する考え方は、それぞれ違っていて、それを大会の意味づけとともに、ふさわしいものでと考えると、これまた、それぞれの感性と意見があって、決めるのは難しい。

吟で競うのはよいが、間違った競い方になったら、会員同士の結束にかかわる事態になりかねない。


芦孝会の中での、発表に、衣装が悩みの種になるようでは、盛り上がる人と盛り下がる人がいるだろうなぁ。
会員増を目指している芦孝会は、どういう方針を打ち出せばよいのだろう。

先日の日総連合吟コンクールでは、女性チームはいろいろとみなさん工夫をなさっていました。コンクールともなると、覚悟を決めて出場なさるのだから、それぞれンメンバーで、工夫をして労力を傾けるのは、普通のことなのだけれど、メンバーが同じように納得されているはずだからね。

でもね、着るものは、女性にとっては、永遠の悩み事なんだよね。

元来、個性の花開くときに、制服で学業を続けて、それを不思議とも思わなかったものだから、いざ、センスを要する場面になると、からっきし弱い。
個性を表しながら、安価で詩吟にふさわしい衣装は何かと、考え続けてきたけれど、なかなか、これといった考えがまとまっていない。

個人的には、袴がすきなのだが、それも、着物と言う部分で、こだわりを持つ人が居るかもしれないし、コーラススタイルというのも、いまいちだし、それぞれがいろいろと考え方があるだろう。
デザインコンテストでも、開いてみたいものだなぁ。

コーラススタイルは、ノーとは言ったが、神戸の80周年で着た、衣装は、なかなか気に入っている。
白ではないこと、スカートが黒なので、アクセサリー禁止の吟界だから、派手なコサージュで飾ることとなる。しかし、今回の衣装は、落ち着いたグリーン系で、適当な重みと長さがあって、ウエストラインを上手に隠している。それに、襟元が、開いて無くて、かといって首を絞めるようなスタンドカラーでもなく、今までの中では、ダントツ一位だね。

着物忌避するから、ことは、面唐ネんだけどね。
女性だからといって、着物が好きでたまらないはずと言うのは、違っている。

それぞれの考えを大事にしながら、あまりに、ぶっとんでない衣装とは?
色は、様々なイメージを呼び覚ますものだから、詩吟にふさわしい色とは?
芦孝会にふさわしい色とは?

もう一度、詩吟ってなぁに、をかんがえ、されに、自分にとって詩吟ってなぁにを問い直してみると良いね。

そうすると、何が嫌いで、何が好き、だからこれはいや、これは好きと、、、


いや、いや、いや、そんな単純な話ではないのだ。

女性にとって、着るものは、永遠に続く悩みであり、楽しみであり、こだわりであるのだ。

負担にならないで、楽しめるように、何かないかなぁ~。



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東京芦孝会7月中央会

2014年07月27日 | 詩吟
関西吟詩機関紙「吟詩日本」平成26年夏季号(通巻166号)が、届きました。

長く吟詩日本を購読していますが、発刊を心待ちにしたのは、今回が初めて。
一念発起して、あれほど苦手意識を持っていた漢詩だったのだけれど、漢詩の投稿をいたしました。それが、今日機関紙に掲載されるのです。

さっそく、受け取ると「添削委員会選 「読者の作品」のコーナーに目を滑らせていく。
わぁ、掲載されてるぅ。
添削委員会のどなたかに添削していただいて、とても美人になった初めて作った漢詩です。

苦手意識を長年持っていた私が、作詞なんてねぇ。自分が一番驚いている。

まさに今日が秋の15周年(東京芦孝会創立15周年記念錬成大会)のエントリーの締め切りです。その日に間に合ったのも何かのご縁でしょう。この、詩を指導者吟で、吟詠させていただくことにしました。
詩作がたくさんあれば、秋には秋の詩を吟詠できるのですが、何しろ、唯一無二の出来上がったばかりの自作の詩が夏のもので、秋の練成会には、季節外れとなりますが、我慢することにいたしましょう。

自作の詩を吟じることは、どれだけ気をいれられるか、聞かせていただきましょうとは、野田 芦孝先生のおことば。
優しいようで、厳しい先生のお言葉でした。
初めての詩作と言うだけでは、喜んでいただけないようです。

いきなり、ハードルを上げられてしまったのは、私が、有頂天になっていたからでしょうね。
少しの間、有頂天にさせてくださればよいのにねぇ。





 

この会から、指導者吟には、自作の詩もよかろうという意見が入れられて、それが、私の第一作目の詩が出来上がったところだというのも、何かの縁でしょう。

私の詩も行書体の活字で、掲載されると、なにやら立派に見えるのが、不思議。
行書体なんて、昔は、普通には選べなかったのだけど、PCから繰り出されるテクニックも多彩になったものだなぁ。

さて、吟詩日本をもってにんまりしているのは、私だけで、周りでは、15周年の大会に向けて、申し込みの作業が続いていました。

練習も連合吟のコンクールの初めての実施に合わせて、律詩の講習と発表は三人のコンクール方式でなされました。

連合吟大好きな私は、うれしい、うれしい。

そして、会のあとの幹事会では、記念品が決まり、夢青葉で検討した透明マグネットが採用された。
さて、これから、業者との契約など仕上げをせねば。

そして、幹事になっていない指導者さんたちも参加して、プログラム作り。

無事終わって、入力はいつもの5人から、野田 芦孝先生に降りていただいて、4人で担当してくださる。
何もかも、手作りの、幹事団の手弁当作業である。

貧乏所帯をあえて貫いている東京芦孝会は、外注に出すのはあり得ないことで、何でも、幹事団が仕事の合間を縫って、手作業にいそしまねばなりません。

PCへの打ち込みは大変です。詩吟の吟題、雅号での名前の打ち込み、すべて、テキスト通りに行われますから、難しい字をIMEパットの手書きで呼び出しての作業は、普通の字の打ち込みの何倍かかかることでしょう。前回で、辞書登録をなさったことでしょうから、今回は、ずいぶん楽になったことでしょうが。...。

作業を傍観している私には、楽になったでしょうなんて言ってはいけないですね。

ほんとうに、ご苦労様です!


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松風の写真に代えては

2014年07月27日 | 詩吟
夢青葉の写真に代えてのロゴ形式のものは、今日の関西吟詩文化協会ニュースに掲載されました。
紙面が、モノクロの図形が入ることで、引き締まった感があります。
どなたも、紙面を見て褒めてくださらなかったけどね。
今日は、それどころではない一日だったから、しかたないかな。

さて、二か月後の松風には、青葉と同じくモノクロのロゴ風のものを二番煎じにならなくて、同じような雰囲気で、見劣りも見勝りもしないようにと考えました。




さて、目論見はひょうげんされたか?
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アクティブに変身

2014年07月25日 | こたろう



    口の先に、とらえたセミが見えるだろうか。ちょうど良い具合に影になっていて、       
            グロな映像になるところを免れているね。



今年も、我が家のベランダにセミがやってきた。
外遊びをさせてもらえないこたろうの唯一の狩猟シーズン。

今年最高温度を記録した昨日と一昨日は、一番冷たく感じる床にべったりと張り付いて、身も世もない姿を見せる。

外猫さんたちは、暑い夏の夜は、「猫がおちている」ようすで、道路に寝そべるそうだねぇ。
もし外に出してもらえたら、こたろうさんもこの猫が落ちているスタイルで、寝そべるんだろうねぇ、と毎年思う。

さて、この暑さにやられたスタイルが嘘のように、今日は、セミがベランダに落ちてくるのをすかさずハンティングするのだ。

昨日の様子は嘘のように、ベランダから部屋に咥えて入ってくる。
最初の獲物は、私の足元に置いてある。

たまに、元気なセミが口から逃れると、すかさず飛び上がらんばかりにして追いかける。
13歳とは思えない、身軽なこたろうであります。

死んだかのように猫が落ちているスタイルを見ると、ひやりとして、老いを感じてしまうのだけれど、身軽に飛び跳ねる様子を見て、まだ、全然大丈夫と思う。

年を重ねると、夏の暑さに取り付かれると、体力を消耗してしまう。
いらぬ心配をするんじゃないよぅと、こたろうさんは、怒っていることだろうねぇ。


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夢松風7月第2回

2014年07月23日 | 詩吟
奇しくも、夢松風も新人さん到来。
ゲストさんの、お知り合いを松風が住まいに近いというのでご案内してくださいました。

まだ、声を出してお試しをする前から、練成会への参加をお勧めするなど、順番が逆なのに。
今日の練習で、練成会のもろもろが締め切りになるのでね。


教室合吟の吟題は、金州城と青葉で決まりました。
新人さんをお誘いするとしたら教室合吟ということなのですが、奇しくも今日の松風の講習吟は、「金州城」。
あまりに、ぴったりの偶然に、じたばたと締め切りだからとの焦りが止まる。


新入会員をお迎えするとわかる前は、練成会の出席者は、夢組で、私のほかは女性三人でした。それで、連合吟の出場を、教室を超えて三人で、夢組としてエントリーすることにしました。
連合吟は、東と西の端に位置する二つの青葉と松風を夢組としてより結束を深めるとの期待が込められています。

青葉と松風と二つの教室ですが、便宜上それぞれが近い場所で練習を続けられるためと考えて二つの教室になっています。私としては、いつも一つの夢組としてとらえています。
今日は、青葉から連合吟の仲間が二人のうち一人練習に参加してくださいました。
寄せ書きをその方にお任せしたので、受け取るのも兼ねてのご来場です。

会場に私が到着したときは、合吟をするその二人が、仲良く会話中でした。
コピー取りで焦りながら、汗を拭きながら、会場に入ったので、その様子を見てほっと一息。




金州城の講習を終えて、連合吟と昇段試験の吟題のおさらいが、順調に進みます。


さて、新人さんは、声を出すのがお好きのようでした。
ご自身では、声が低いと思っているので、今日の5本の練習は、安心したとおっしゃいました。

夢組の、練習は、紙に書かれたものに頼らず、聞いて聞いて覚えていただく、それで、ご自分の楽器をよりよく研ぎ澄ませ、自分の感性を高めるやり方が理想です。

副読本や譜名表は、使いたくないのですが、副読本は、麻薬のようなもの。
私自身、しどうしゃになってから出現したときは、ありがたいと思い、それを使うのをやめられない。
会員さんに、本当は、テキストで詩吟をしてほしいといいながら、自らが副読本にかじりついている様子は、もう、みっともないのだ。
テキストにこだわることをやめて、副読本へのこだわりを捨てたらと、思う。

でも、ひらがなで吟じてほしくない。譜名の音階にたよってはいけない。
指導者や関吟のCDで、上級者の吟を聞いて、耳と体で詩吟をしてほしいという看板は下ろしたくない。

でもね、譜名表に頼りたくなる気持ちはわかるのだ。

新しい吟法が出たら、板書して、それを自らテキストに書き込んで、自分の手と目と頭の作業で、自分の物にしてほしい。

二度目に出た来たとき、すんなりと吟じられる時とそうでない時がある。
自分のノートの過去の書き込みと今の書き込みを見て、どう、勘違いしたのか、わかっているけどできないだけのかを、自分で理解してほしい。

簡単に譜名表を出してきて、わかった気になってほしくない。

夢組さんは、その所をしっかりわかってくださっているのだが、ゲストさんは、最初に自分の所属教室で教えられたことを、正しいとして、こちらに持ってくる。

以前、やんわりと言ったときは、理解してもらえず、今日は、はっきりと、新人には、譜名表はまだ早いから、出さないでと少々きつくお願いする。

もっと違う言い方はあったかもしれないが、、、傷ついていたらごめんなさい。


こんな時、文章や、書いたものでは表せない、とても大事にしていることが、伝わっていないことを、理解することになる。

こんなことが、おきると、振り返り、また、新たに言葉を考える。

こういうことが起きるのは、開かれた芦孝会の永遠の、課題だなぁ。
いや、開かれていなくても、起こることだなぁ。
紙に書かないことは、繰り返し繰り返し伝えていかねばねぇ。


でもね、こんなことよりも大事なことで、うれしいことがある。

可能な限りゲスト参加している人が、食いついてきて、あきらめない人がいる。
そして、その、やり取りを見て聞いて、夢組さんは、大いに勉強をさせてもらっている。

あまり間違いを犯さない、優秀なメンバーは、却って、なおす部分がないので、ついでにあれやこれやを習うチャンスを失いがち。

それを、ちょっと先を行くゲストさんへの、私の言葉が、今ではすっかり理解できるようになってきたので、ちょっと先の学びをすることができている。
だから、余計に、感の良い人がおさらいの独吟をした時、間違いない吟詠をし終えてしまう。
そして、結構でしたと言われて、おしまいになってしまうのである。

それぞれが、それぞれに、学びがあることを十分に理解してくださっているので、お一人にだけ、時間をかけても、不満は起きようはずがない。

人様の吟を聞き、その吟へのコメントを聞いて、理解し、考え、振り返ってみることが、どれだけ上達につながるかを、よくご存じの方たちが、夢組メンバーである。


人様の、吟詠のときこそ、よく感性を研ぎ澄ませて、耳に体に反応させるのが、良い。
今吟じ終えたばかりでも、自分自身の吟は、所詮は過去のもの。
今、心を動かしてたものを、上手に取り入れることが、最上のものと思う。
その吟詠が、練達のものでも、自分より後輩のものあっても、心を動かすはず。

たまには、自分の吟を録音して、聞いてみなさいと言うことがあるけれど、私の言っていることは、矛盾していることが結構あるのかもしれないねぇ。

だって、私の吟を聞いて覚えなさいといいつつ、私は偉そうに聞かせて、真似してよい吟をしているのかな。

それなら、副読本をしっかり握りしめて、音程正しく吟じた方が、良いのかもしれないよねぇ。
つまり、読み方だけを教えていけばよいのかもしれないと、自嘲的におもうこともある。

そんな風に自嘲的になるのは、すごくうれしいことがあったときのほうが、起きるのだ。
もうすこし、有頂天を続けたらよいのに、私って貧乏性にできているのか。

それとも、誰かに、そんなことないよと言ってほしい心の叫びなのかも。

指導者とは、孤独に陥りがちだよね。
早く、同じ立場で同じ感性で話せる人が、育ってきてよね。


               ☆待ってるよ☆




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合吟コンクール応援

2014年07月21日 | 詩吟
日本吟詠総連盟 第41回関東地区吟詠剣舞詩舞大会 東大和市ハミングホールにて

東京芦孝会から男性がエントリーしているので、応援に行きました。

コンクールになれた方たちばかりなので、みなさんリラックスして、順番待ちをしていらっしゃいました。



写真の通り、みなさん力が抜けて、いい感じで吟じておられました。
この力の抜け加減が与える印象が、審査員にどのような点数を打ち出すのかが、気になるところです。

目いっぱいの力を入れて見るからにと言うのと、力吟というのとは、最近ちょっと違くなぁと感じているところです。

この力の抜け加減を、良しとするのか悪しとするのか、そういうことが審査の対象になっているのかどうかもわかりませんが、今日の、私の観察は、それぞれに、その抜け加減は違っているますがいい感じに抜けてきたと見えました。


ただ、私自身もまだ迷っている発声については、全くの私の好みで発言しているので、これが良しとしてよいのかどうかは、わかりません。

まだ、あっちへ、こっちへと揺れ動いています。



さて、吟詠の応援は、それでおしまいです。
プログラムの構成吟に後ろ髪をひかれながら、応援だけで、帰ることにした。

あとからの速報で、五位入賞とのこと。

               おめでとう!














今日の観察点は、女性の衣装です。
男性は、「略礼服」のその一言で、だれも迷うことなく、制服のように服をそろえることができますが、女性にとって、男性の「略礼服」に相当する言葉は、無いといっていいと思います。

今日の、女性出場者は、色無地の着物数組、これは同じ会の人たちのようで、おそろいの着物と帯でした。
その他は、黒のロングスカートに、白のブラウスの組二組、サーモンピンクのブラウスの組、黄緑色のブラウスの組が一組ずつの出場でした。
気になったのは、ブラウスの裾を、オーバーブラウスにする人と中にいれる人と、どうも、美しさがない。

着物も含めて、これならという衣装がないのが、女性の服装はとても難しいと思うのです。

例えば、スーツにしたらどうだろう。スカートの裾から、にょっきりと出た二本の足は、ご年配の人のものは、頂けないしなぁ。

ロングスカートにしても、足首のみえるもの、隠れるもの、やはり隠れるものが見ていて安心する。かといって、床を撫でるほどに長いのは、清潔感がない。

スカートのタイトなものは、貧弱に見えるし、長いスカートに隠れているからといって、隠しおおせるものではなく、デザインによっては、如実に物語っているものもある。

着物は、隠すことができるが、洋装は、見せるようにできているものであるのだからなぁ。

ブラウスは、襟ぐりの大きく開いているものは、寂しい感じがする、やはり、日本人の体形にもよるのだろうが、アクセサリー禁止なのだから、やはり、繰りの深いものは、どうかと思う。

低めのスタンドカラーなら、良いかもしれない。

袖は、半そではいけてない、五分とか七分袖がすっきりしていてよい。
長袖は、舞台着としては、すっきり感がない。

色は、これが、難しい。白は、寂しい気がする。今日の、いしょうは、どれも色がいけてない。

自慢じゃないが、神戸で着た私たちの衣装は、かないいい線を行っていると思う。

コーラスではなく、詩吟の合吟だからね。

私は、やはり、袴が好きだ。
体型を気にせず着ることができるのが良い。袴のウエストラインは、スカートよりも少し上に來るので、足が長く見える。襞の直線が、より長く見せるし。

帯は、1センチほど袴の上に出て、袴の横のブイラインから覗いているだけだし、豪華さを競うものではない。しっかり結ぶことによって、袴がずれることがなく保持できる。
着物の裾の乱れを気にすることなく、作業に没頭できる。

でも、やっぱり着物だよという人もたくさんいることでしょう。好き好きでよい。
私は洋装で、十分と思っているのだけれど、公式の場面に出ると、着物着用と指示がある。

そんな時は、袴にすればよいのにと思う。
そう思ったのは、NHK大河ドラマ「八重の桜」で、八重がブラウスと袴で登場したときに、なんて美しいと思ったのです。

女優さんが、綾瀬はるかということもあり、清潔感、正義感、女らしさと同時に強さを見事に演じているということもあって、ほんとうに魅せられた。

10周年で、詩舞を舞った時も袴は心地よかった。
何よりも、自分で、みようみまねで、着ることができるということだ。

これは、一人のたわごととしておこう。

写真は、先日の伴吟のときの剣舞を舞った方と、私。







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7月夢青葉

2014年07月19日 | 詩吟
新入会の女性をお迎えしての、夢青葉。

不思議な魅力の女性で、入口から入ってきたとたんに、すいっとみんなの中に入り込んで、初対面の人と言う感じがまったく、なかったのです。

まず、夢青葉への所属は、どうやらこちらの様子を見学する前から心に決めて来てくださったようで、話は早く進みました。
 
そして、15周年の練成会のエントリーを今日決めねばなりませんから、その話は、さっさと進めました。

独吟と、私との合吟をすんなり決めて、最後に一吟二人の合吟をして見ました。
いきなりでも、何んとか合わせられるもので、当日までの間にできるだけ練習をするということで、ばっちりと決まることでしょう。
学生のとき合吟は嫌と言うほどしたはずですから、何のてらいもなく、思うままにやってみました。

その吟を聞いて、青葉さん二人は、声が揃ってものすごい響きで、楽しそうだったとのコメントをそれぞれに頂きました。二人の合吟を好意的に聞いてくれ、受け入れてくださいました。
ありがとう!

彼女、私の娘と同い年、そして、お母様と私も同い年でした。
この年の差は、何の障害になりそうもなく、また、青葉さんたちともそれは、滑らかに話が続いて、本当に一安心。

そして,今日からは、彼女も青葉さんであり夢組さんです。


    どうぞよろしくおねがいいたします。 
   明かるく楽しく、まいりましょうね。








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はじめの一歩

2014年07月17日 | 詩吟
論語講座のあとの「初めの一歩」
今日の先生の、迫力ある講義に、しばし、ぼうぜん。

体は、次の詩吟の準備をしているが、そして、おしゃべりをしているが、心が、手元に戻ってこない。
さぞ、先生も、昨日の講座にれんぞくしてのお話は、さぞお疲れになったことでしょう。

やっと、先生に質問をしている人のお話も終わり、予定時刻より少し遅れて、スタート。
帰りの時間が気になる方には、少々迷惑だったかもしれないが、4時45分まで、正味40分ほどの吟詠指導。

今日は、偶成の4回目。
転句の、中上引上げ揺りの吟法が、難しく、なかなか声が揃わない。

繰り返し、繰り返し、吟じていただく。

ほぼ、音は取れているようだけれど、一人一人を確認するに至ってない。
来月は、休憩時間を短くして、出来たら、どなたかに独吟をした頂きたいが、さて、手を挙げる人がいるだろうか。

これ以上、繰り返すのは、いくら初心者といえども、飽きることでしょう。
この、ひと頑張りが終われば、ずいぶん楽に吟じることができるようになるのだけどなぁ。

少人数で、息遣いを感じながらの練習をモットーとする私にとって、広い教室に散らばった人たちに、教えるのは、帰ってくる反応が、消えてしまうので本当に難しい。
細かいことに気をとられないで、ぐいぐいと進めばよいのだけれど、それは、私のモットーに反する。

やはり、恥ずかしがって、私にさえ実際に出している声を聴かれたくない、まして、皆の前で発表するなんてと考える人のほうが多いように見受けられる。

来月、この吟を終了するには、独吟は必至。さて、何人発表してくれるだろう。


どうしても、須藤先生にお借りしているという遠慮から脱することができなくて、夢組での超マイペース指導が、ここでは行われてなくて、違う私が出現している。

夢組対応がすべてではないから、私の別の局面が出てくると、面白い。


       習わざるを伝えしか?

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論語基礎講座

2014年07月17日 | 論語と
今日の論語は、見学の方が、2名参加。
そのため、須藤先生は、予定していた講座内容を変更して、初めての人を引き入れるような講義をなさった。

論語の教科書も、惜しげなく貸し出して、懇切丁寧だった。

いつもは、論語の教科書の素読を31日分ノンストップで行うのですが、素読の前に、初心者に分かりやすい章句は、分かりやすく説明下さってからの、素読ということの繰り返しで、31日分を終えるのに、い時間以上もかかりました。

私にとっても、良い復習となりましたが、短い章句のそれぞれの言葉に、奥深い意味が、隠されていて、その段階に応じて、学ぶことがあります。

全く初めての1年前と、今では、なじみ方が違ってきているけれど、どこまでわかっていて、どこから、わかっていないのか、と考えると、言葉になじんだだけで、まだ、わかったとはいいがたいと思うのです。

その初めての人対応の内容で講座をなさったおかげで、長年お話を聞きに来ている人たちには、飽き足りない講義だったかも、今日予定していたことをお話すべきだあったかなぁと、先生ご自身がおっしゃっていた。

いつもいつも、振り返り、反省し、先のことを見通している須藤先生なのであります。



須藤先生は、初めて参加なさった方に、できる限り拒否感を持たせないように、好きになってもらえるようにと最大の心配りをなさる。
ありがたいことです。

この二人、先生にお借りした「論語の教科書」を丁寧に授業中扱ってくださっていました。
講義の最後には、その本を購入なさったのです。
この本は、この先たとえ講習に参加されなくても、手元において眺めているだけでも、価値のあるものです。

今日のお試し講座を受けて、どのように思われたか、来月も来てくださるのか、さて、、、、、



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コンフィチュール届いた

2014年07月16日 | 徒然に日々のことを

         ♪勝手にコマーシャル♪

岡山佐藤果樹園から、白桃のコンフィチュールが届きました。

だれ有ろうわれら五似ん会のメンバーである,佐藤美恵子さんちの白桃の果樹園からである。

コンフィチュールは、ジャムと訳してしまっては、身も蓋もないものとなってしまいます。

それはそれは、大事に、その日の収穫をその日のうちに瓶詰にしてしまうので、格別の味わいがある。

ジャムのように、煮詰めたり、甘みを足しすぎたり、ゼラチンを加えたり、コンメ[トのように甘い液に何日も浸されていない、過剰なものは一切入ってない、過剰な時間も一切かけてない、件p品です。

興味のある方は、お試しあれ。

http://momo-confi.com/product.html  佐藤果樹園へどうぞ。


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