風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

補習(夢青葉)

2016年09月29日 | 徒然に日々のことを
23日の定期練習日にできなかった連合吟の練習を、古巣に戻って三人でお稽古が予定されました。

所用のあった私は、ほぼ練習が終わるころ到着して、仕上がりを聞かせてもらいました。
先輩の指導のもと、いい形に収まっていました。
自習ができるようになったのだねぇ。すごい、すごい。

去年まで練習会場だった会員さんのお店は、今年いっぱいの予定でまだ営業を続けていますから、イレギュラーなお稽古の場所として、まだお借りできました。
久し振りに行ってみると、遠かったんだなぁと感じました。
だんだん、楽な方へと心身が向いて行ってると、警戒心がわきました。


いつものテーブルには、お茶が出され、おもてなしの心が如何なく発揮されていました。
練習会場なのだから、無料なのだからと、おもてなし無用と言い続けた5年間は、さぞ彼女にとってストレスだったことでしょう。


お茶を入れることになったら、徹底的にやり始める彼女のことだから、自分の練習そっちのけになって、もてなし係になってしまうのは、わかっていました。
無用と言わなければ、どんどんエスカレートして行くだろうとの読みは、まちがいではありませんでした。
友達だからということに安易に甘えたくないという私の堅い決心も、時には打ち破られましたものねぇ。

久し振りに来てみて、順調に進んでいた練習のことよりも、そちらのバトルのことをまず思いだしてしまったのには、苦笑でした。

充実した練習が行われていて、月に1回しかないのを、ものともせずめきめきと上達なさったのだから、そして、おかげ様で今に続いているのだから、まずその感慨と感謝の気持ちを思い浮かべたかったのに。


こだわりというのは、お茶を淹れるかどうかのことではなく、本当は違うところにあったのだけれど、未熟な私は、十分に気持ちを伝えきれないままに、「無用」と言い続けることしかできなかったねぇ。


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守備範囲

2016年09月26日 | 徒然に日々のことを
我が家の子育て中の守備範囲は、父親と母親くっきりはっきりわかれていました。
出張で留守がちな父親と、専業主婦の母親と、健康そのものの女子二人の家族という構成だったから、それを可能にしていました。

イクメンなどという言葉も現象もなく、女の子ということで、同性の母親にまかせっきり、心身に問題がなく育ってくれたおかげで、父親の出番もないままできました。
その女の子が育って、大人となり、親となった今では、それで十分だったと思えます。


さて、パートの仕事に行ったとき、仕事の範囲が決められて、自分の持ち分をこなすことに徹することで日々が過ぎて行ったのです。
線引きがはっきりしていることで、境界は守られ、平和に事が進んでいました。


そして、今、私の思う守備範囲と、他が求める守備範囲とは、一致しているのだろうか。ふと疑問に思えてきました。

そんなことを思いはじめたのは、昨日のちょっとした会話からと今日の須藤先生のお話がきっかけです。

韓非子の故事名言は、今の世にもたくさんの親しまれている言葉として残っています。
例えば、矛盾・逆鱗・蛇足・株を守りて兎を待つ(北原白秋作 『待ちぼうけ』の歌になった)・賞誉 など。
 
他にも、今の言葉としてはなじんでいないものでも、その現象を良くとらえて、人の有りようを、治世に生かして、国家統一をしていったのがわかります。

その中で、「二柄(にへい)・形名参同」のお話を聞いたときに、自分の守備範囲について思いを巡らせ始めました。


自分の気持ちに正直にあろうとして行動する時、守備範囲を逸脱して、余計なことをしているのではないか、それによって、気分を害したり、疎まれたりする方向に行っているのではないかと。
さらに、果たして、本当には、そのつもりでいたけれど、守るべき守備範囲を守り切れていないのではないかと。


辛辣に考えを言い合う人は居ないものか。お叱りをくださる方はいないものか。
自分で考えなさいと言われるだけなのか。
深くため息をつく   はぁ~~






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バッグ

2016年09月23日 | 徒然に日々のことを



キャスター付き鞄は、詩吟のお伴に、長年連れ添っています。
上に載せるバッグは、その時々で、変わっていますが、今日の写真のバッグは、10年ぶりに押入れの奥から引っ張り出しました。

ウランバートルのサムソナイト製品を扱うお店で買いました。
今日まで、びくともせず同じ姿で、出てきたということは、本物だったんだと、ふっと笑いました。

ザハで、ちょっと胡散臭いプラダも買ってみましたが、案の定あっという間に、壊れました。(2006年6月の日記にあり)

本物偽物の話をしたくて、写真までアップしたのではありません。

モンゴルの生活のほとんどを知るこのバッグは、帰国後奥深く仕舞いこんで、目に触れないようにしていました。

帰国後9年、やっと、あの事件の縛りから解き放たれたのかなぁと、ひとり快哉を浴びたい気持ちでいます。

あれ?これを出そうとしたきっかけは、何だった?
そうそう、夢青葉のお稽古が二人の会員さんの欠席という連絡が入り、ウランバートルつながりの会員さんと二人でのお稽古になることがわかったから。

結局、初お目見えのゲストさんが来てくださったので、おしゃべりをする暇がなくて、充実した練習になりましたが。

きっと二人だったら、ウランバートルの楽しかった思い出話になったことでしょう。
楽しかったことを思いだして、吹っ切れると思いながら、会場に向かっていたのですが。
ゲストさんありがとう、しなければならなかった練習をしっかりできました。
そして、思い出話をしなくても、もうすでに吹っ切っていたことを、実感できました。

9月23日は、吹っ切った記念日。

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お出迎え

2016年09月23日 | こたろう

「おかいりぃ~」
フムフム、今日は、詩吟だったね。しかも雨だった。
キャスター付き鞄にビニールカバーがかけてあるもの。
それに、鞄の上には、バッグではなく大きいレジ袋ってことは、帰りに野菜でも買ってきたの?
いいにおいがしてこないから、僕の好きなものは、どうやらはいってなさそうだ。

まぁ、お入りよ。




さぁさぁ、靴を脱いで、着替えたら、お茶でも飲もうよ。
僕には、お留守番のご褒美の、鰹節でいいから。







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孫三人

2016年09月22日 | こたろう語録









    楽しい楽しい三連休 《「9月17日~19日》
ばぁばの写真がないのは、「孫の今を目に焼き付けたい派」のじぃじのせいなんだ。

ぼくは、今回の滞在で、三兄妹とかなり良好な関係が築けて、何よりだったよ。
しかし、生物園に行ってまで、よその猫をなでなでしてきたなんて、ぼくの立場はどうなるのさ!

上野動物園と科学博物館に行った日は、ばぁばの携帯の万歩計は、一万三千歩を越えてたんだって!良く歩いたねぇ。
不思議に、膝が痛いって言ってなかったから、孫と一緒に行動すると、いいエネルギーを受けて、痛みが起こらないどころか、良い循環が始まるんだね。


この三日間のために、いろいろと準備やら片付けやらで、上の空だった母は、あんなにかいていたのに、すっかり、こちらへの書き込みはご無沙汰してたみたいだねぇ。

心が動いたことをすぐに書かないと、温度が下がってしまって、ペンの滑りがすっかり悪くなる母さんのことだからねぇ。。。




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夢松風9月1回目

2016年09月14日 | 詩吟
前回の課題「白帝城」を仕上げをして、独吟。

はぁーーーー、なんてことだろう!

お名前を頂いた二人の吟詠が、あきれるくらい、「気」がはいっていて、「吟詠」となっていて、驚きました。

雅号効果なのだろうか、自然の流れなのだろうか。
これだけの吟詠をしてくださったら、細かいことはどうでもよいと思う。

そして、その先輩の吟詠を聞いて、後輩さんたちも、とても良い吟詠でした。

やはり、体で奏でる詩吟は、体から体へと転移して、育つものだと思う。

良き先輩を得て、後輩さんたち更に上を行くぞと、がんばれ!

昨日に続いて、嬉しいことが来た。
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三段上げ

2016年09月14日 | 詩吟
三段上げは、かつて一番好きだった吟法です。

中音から、たたみかけるように一気に七の高さまで駆け上がり、「六」に下りて落ち着く。
一気に駆け上がるところが好きで、風を感じながら、頂上を窮める。
そういう若々しい三段上げが大好きでした。

突入という三段上げ+引き落としと言う組み合わせの吟法は、勢いがあります。
「詩吟をしている」という気分になるって、胸がわくわくするものだった。


以前の突入と、今の突入は、ニュアンスが変わってきています。


それは、かつて、引き落としと言っていた吟法が「大中山」と譜名がかわり、やがて、言葉を言いきってからと言う約束事によって、親しんできた引き落としが変わり、関吟の関吟らしいところが変遷していって、、、、


最初に覚えたものは、幸せな記憶と結びついていると、体にしみこんで、住み付いてしまいます。
約束事が変わったからといって、おいそれとそれを抜き去ることができないのです。

さらその愛着は、誇りと共に、体が覚え、住みついたものなら、余計にはぎ取ることができないのです。


正しい形を伝えていかねばならない立場になると、好むと好まざるとにかかわらず、「正しい」「まちがい」を言葉にせねばならないので、困ってしまうのです。


それを、野田 芦孝先生に質問すると、「自分で考えなさい」と、言葉が帰ってきました。

見事に突き放され、自立を促されました。

浜松で、第一撃。そして、第二の目覚めに向かう衝撃は、去年の吟道大学。
その二つの衝撃が、自分で考えなさい、自分で行動しなさいのスタートとなりました。


今日、達人たちの集まるところに行って、しばらくぶりに独吟をお聞きいただきました。
この数年の努力の結果が、やっと形としてわずかながら、表れてきて、その部分を十分にわかったうえで、お褒めを頂きました。

嬉しかったです。


三段上げの戦うイメージと二段の柔らかイメージを持つ吟法への興味の変化のように、私の声の出し方も変化をしました。

今の私にぴったりを見つけられてよかった。
そして、ある程度満足の行く発声ができるようになって、本当にうれしい。

今日に至るまで、体調が低調だったこともあって、かなり、神経質に柔軟性を欠いていたこともありました。

ここにきて一挙に、もろもろが「悪」から「良」にひっくり返ったことを実感しました。

ああ、幸せ。

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飛鉋

2016年09月13日 | 徒然に日々のことを
飛鉋については、いろんな窯で、作られていることがわかりました。
この写真は、商品検索機能を使って、小石原焼の飛鉋の写真を出してきたものです。





此の細かな規則的な鉋使い方は、さぞ熟練のいることでしょう。


青磁と飛鉋の出会いで出来上がった作品が、どのように仕上がったか、写真ではなく、そのものを手に取ってみませんか。

東京の方は、南青山5-2-16 「青山フレックスA」にて、
   「京職人24人の業と出会う」9月27日までですよ~。
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四谷稲荷大祭

2016年09月10日 | 徒然に日々のことを






今日と明日が、お祭りの日です。町内会の私たちの組は、休憩場所に決められていて、担ぎ手さんや、おはやしさん、子供神輿を引っ張ってきた子供たちへお菓子を配ったり、水分補給をさせたり、大人には、お酒やおつまみなどを接待をいたします。

今年は、残念なことに、小学校の土曜日の授業のある日となって、子供の引く山車の列が短くて、さびしいのです。

明日は、さぞにぎやかに子供の山車が練り歩くことでしょう。
御神輿も、賑やかだと、あちらこちらに練り歩いて、盛り上がるそうです。
今日は、すんなりと、進んでしまって、午前中最後の、私たちの組の休憩所に到着するのが、予定時間よりかなり早くなりました。
あすは、終了まで、雨が降りませんように。









四ツ家稲荷神社(青井2−15)
祭神は、宇迦之御魂命と徳川家康です。江戸時代から四ツ家のある次郎左衛門新田には、東の宮と西の宮の二つの稲荷社がありました。東の宮は青井3−18付近にあったといいます。近代になって、1村1社政策が進められたため、現在地にあった西の宮に東の宮が合祀され、その際、鵜飼家の屋敷神だった徳川家康(「権現さま」)も合祀されました。(「ブックレット足立風土記綾瀬地区」より)

                2016.01.01撮影
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夢青葉9月1回目

2016年09月09日 | 詩吟
何の不安もなく、お稽古遅刻を決め込んで、今日の町会役員のお仕事を終えてから、会場へ向かいました。

せっかく任せたので、あまり早くに着いてしまうと、準備していた課題が終わらないでしょうから、乗り継ぎも慌てずに行きました。
いつも時間にゆとりをもって、このくらいの気持ちで、目的地に向かえばよいものをと、思いました。

程々の腹ごしらえは、目的地駅のホームの待合ブースのエアコンのきいた中で、おにぎりにしました。
今頃、なにをしてるのかなぁ。。。と、思いながら。


駅から地域センターへ向かう商店街で、バンドエイドと恵命我神散を買いました。
のんびりペースの私と同じように、街をゆく女子学生さん4人組に、「なにしてるの?と声をかけました。

映像学科の学生さんが課題のための街探索中とのこと、何か聞きたかったようですが、この街の住人では無いと知って、がっかりさせた模様。

そして、いつもは、逢えない新鮮野菜のひき売りにも会いました。
毎週金曜日、1時半に通り沿いに品出しをするそうです。
いつもなら、もう練習が始まっていて、帰るころには、売り切って店じまいをした後です。
だから一度も会わなかったのです。

これも何かのご縁、獅子唐とズッキーニのように太ったキュウリを200円で、買いました。

遅刻していくのに、この悠長ぶり。

しっかり時間を使ってもらって、指導にも慣れてもらいましょうとの思いでした。

やっと、到着して、ドアを開けたら、白板に鍵盤を書いて、音階の説明中でした。



今、一番、興味のある音のつらなりについて、今までは聞いて覚える方式でしたから、ここに来て、大きな疑問がわいてきて、ちょうど適切な、指導者が居たってことですね。

よかったねぇ。違った視点から、指導を受け、先輩と言う気安さから、質問ができたのでしょうか。

いろんな取り組み、やりましょうね。




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