風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

せっかくのお役目

2024年06月25日 | 詩吟
6月23日(日)の芦孝会中央会幹事会では、25周年記念大会の話し合いが盛んに始まりました。
若い世代の人からの積極的な提案がなされ、着々と準備が整い、賛同者も
どんどん増えて行っているようです。
その主眼点には、少し意見が違っているけれど私のできる限りの応援をして
バックアップしていくつもりです。
意見を出して右側左側と分かれて対岸の人となってしまわないことが大事です。
それぞれの心地良い方法で、それぞれの思いを尊重してどちらもさらに心地
よいという形で詩吟を続けて行くことが望ましいと思いました。
タイムスケジュール、プログラムなどを見て、私はそろそろどなたかにお渡し
したいお役目を思いきって辞退し、適任な方と交代していただきました。
これは、何年も前から思っていたことで、せっかくの采配に水を注したくない
と思い言い出し兼ねていました。
ぎりぎりで、言葉を発しました。やった!願いが通りました。
この日、飲み会の楽しく爽快であったことか、 自分でも驚くほどの解放感が
有って、ちょっと昔の飲み会は、こんな風に楽しめてたよねぇと思ったことでした。

これからは、「せっかくのご指名」に感謝しつつそれでも臆することなく、
もっと適任の方が居ると思えばご辞退していくことにしましょう。

会の後の飲み会のすっきり爽やかな感覚は、久し振り。
身軽になるって、いいな。いやいや、未だ、大事な仕事が残っているから
余り手放しになってはいけないよ。うんうん、そうそう。

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”KANGIN TOKYO NEWS” 

2024年06月22日 | 詩吟
毎月第4日曜日の東京芦孝会中央会に”KANGIN TOKYO NEWS"が全員に向け
配布されます。
K広報部長のもとこの日に配布できるように様々な手配が行われます。
今月の第4日曜日は、少し早めなので、作業がタイトでした。

詩吟の会の機関誌としてあえて”KANGIN TOKYO NEWS”とした斬新な
お考えは、野田芦孝会長によります。
まず、芦孝会長による季節だよりが巻頭を飾ります。
最新のホットニュースが次に掲載されます。
7月号は関吟総本部の定時総会、令和六年度前期昇段試験免許状授与式の記事と
続きます。

     

三段目は日本吟詠総連盟第五十二回関東地区吟詠コンクール大会開催の記事。
芦孝会からは2名が決勝大会出場権を獲得した内容となっています。

その同じ三段目には、「私の好きな一詩一吟一吟 №19」 今月は女性なら
ではの「花のいろは」小野小町が取りあげられました。
最後の4段には、「きらり!教場トピックス」№143が載せられています。
そして、裏面もあります。そこには芦孝会全23教場の開催情報です。
此の関吟東京ニュースには、個人情報がたくさんありますので、トップの
季節だよりのところだけ写真に撮りました。
後の詳しいことは、東京芦孝会HPにてご覧ください。

  東京芦孝会HP URL http://rokokai.sakura.ne.jp/
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古流のお花

2024年06月18日 | 
娘の習っているお花は、古流。
古流の中でも特にシンプルに活けるその師匠は、母親である私の大切な友人
という関係でした。
それを厭うことなくお教室を始めると聞いてすぐに習いに行く事を決めたのは
娘自身でした。

娘が通い始めてから、お稽古の邪魔をしてはいけないと様子を見に行くことも
なく、年々の展覧会に足を運ぶだけにしていました。
習ったお花を家で活けているときも、見守るのは鼓太郎でした。

その師匠があっけなく逝ってしまって、私も一緒に習えばよかったと一時は
悔やみました。
娘の性格を思うと、母は出しゃばらない方が良かったと思いその気持ちを打ち
消しました。

私が邪魔しなかったので、まるで実の娘のように可愛がってもらいました。
それで師匠も満足するほど技を上げて行ったようです。

たった一度、用件があってお宅に伺わねばならない事がありました。
たまたま約束した日がお稽古の日であったので、ちょうど仕上げの時の様子を
拝見させていただきました。
優しくほんわかとした雰囲気に、こんなお稽古をしてもらった娘は幸せだと
思ったことでした。

=その日の日記=
「ほかのお弟子さんがいなくて、娘が床の間の花器に活け終えたばかりで
花から手を放し、距離を置いて、眺めようとしたところだった。
そこには、豊かな自然がそのままに切り取られていました。
娘の技術の完成度と先生の指導力に感嘆!
この形に持っていくのに,どれだけの時間がかかったことか。
指導した人の腕とそれを受け継いだ娘と。師弟関係っていいねぇ。

先生は、そんな私の感想をこよなく喜んでくれました。
「多くの人は、あまりに自然に活けられると、それがどれだけ大変で、
技術が要るかはわかってくれないのよねぇ。」と。      2015/7/23

自然のままに活けると言う事で、繋がっていた師匠と娘のあの頃を読み返して
仕事に忙しすぎる娘の事をちょっぴり心配してみる。
「自然にあるがまま」は、娘の小学校の先生からの教えもあります。
その先生とお花の師匠と娘の父方の祖母と、見事に繋がっています。
その祖母もつい最近亡くなりました。
娘の中に醸されていくものを想像してこのまままっすぐに進めと願います。
青年から壮年へと年を重ねる娘に思うことは、いつまでも健やかにと願うだけ。
何度も読み返しました。「師匠ありがとう」

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夢松風土曜日教室

2024年06月15日 | 詩吟
オリジナルメンバーの二人は、所用にて欠席です。
期待のビジターさんは、都合でおいでになれなくなったとの連絡が入りました。
ありがたく私だけの時間と致します。

カラオケ屋さんと違って、窓から明るい光と風の入ってくる26℃の部屋で、先ず一声。
エアコンが効いている部屋でもコロナ禍以来窓を細く開ける習慣がつきました。
換気船からの喉へ直撃ではない自然の風をかすかに感じながら、いい調子で
声を出します。
体温の上昇と共にエアコンもどんどん効いてきます。調子に乗って冷やしすぎました。


最近、巻き肩がかなり改善されたため、肩の前側から親指の付け根までが
一直線でつながりました。手のひらを動かすとそれなりに肩と腕とのつながり
部分に刺激が届き、またさらに、腕の動きが良く鳴ります。
胸が上がり開いてきました。
首の後ろの大きなこわばりも少しずつ小さくなってきます。

かなり声の響きが良くなっているように感じます。いくらでも詠えます。
和歌も中音の声がひっくり返らないで、詠えるようになってきました。。。


証人の居ない発声の成果は、自己満足に過ぎないとは先刻ご承知。
転句の段下がりから結句にいたるつながりの声が、息切れしたり、低音が
出にくかったりが、自分でもわかる位改善されていること実感しているので
あながち一人合点ではないとします。

さて、オリジナルメンバーさんへ!
次回は、昇段試験の練習をしましょうね。
暑くなりましたから、お気をつけてね。
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今朝の虎に翼

2024年06月12日 | 徒然に日々のことを
かねてより気になっていたことの公正な情報がもたらされました。
どちらよりでもないこのような情報がどれほどあり難いことか。
あがいている時は、私に寄せた好意的感想が欲しかったので、少し落胆したの
ですが心を落ち着けてゆっくりその言葉をかみしめてみると、心から有り難い
と思いました。
何よりの情報をでした。感謝。


順番が逆になりましたが、
     ー今朝(6月11日火曜日)の寅子さんー
寅子さんの上司の言った言葉を思わずメモを取りました。
    「君も正しい、オレも正しい。わかりあえないことはあきらめる」

それは、餓死した裁判官を「馬鹿だ」と言ったその人の言葉である。

「あきらめる」 「馬鹿」を発したその言葉の後ろに何が潜んでいるのか。
彼の初登場の時、名前に添えられた将来の肩書に、今は議論のそばで居眠りを
していびきをかいている彼がただ物ではないと言う事を暗に匂わせる演出に、
身を乗り出す。
ここから、寅子さんは何を得て、「はて?」と行動を起こすのだろう。


どんなに議論をしても、思いの丈を話し合っても、違う土台に立っているのだ
から相いれる要素はないような今の様子である。

彼は、成し遂げるらしいけれど、先ずは顔を赤くしての飲み会となるのは、
その翌日のエピソードでありました。
寅子さんは呆れているが、、、飲ミニケーション真っ盛りの時代であります。

ちっちゃなことだけれど、この私にも煩わされることがあり、伝わってくる
情報もないままに振り回されていました。
ところが思わぬ筋からの情報により、静かにしていたほうが良いとわかりました。
ドラマのような劇的なことは起こらないし、起こさない方が良いでしょう。
私の件は静観ではなく、「諦める」が良いと思う。

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ビジター参加 自由とわがまま

2024年06月08日 | 詩吟
忘れ物を預かって頂いていたのでうけとるためと、伴奏曲の選定のための
ご協力のために久しぶりに江戸川詩吟道場に出かけました。
コロナ前には、ビジターさんになることに理由付けは無く思いのままに参加
していました。コロナになって、ビジター参加を一切中止していました。
せっかくコロナ明けとなってもビジター参加に理由付けが必要になったのは、
単に私の「気後れ」によります。

芦孝会の「自由の法則」に、時々こうして自身が縛られてしまう。

道場での私の課題は、ことぶき吟詠会の発表吟題です。
初めて、静かに吟じることを宿題として選んだものです。この会は、尺八の
伴奏なので、自分のペースで詠うことが出来ます。
コンクールなどでは、2分以内に吟じ終えなくてはなりませんが、この会は
尺八の生演奏ですから、私主導で私の吟詠についてきてくれます。
そのつもりで吟じたものですから、今日の吟詠は、2分5秒だったそうです。
私に取っては、絶好調の時の吟詠タイムですが、その吟詠はいろんなところが
長すぎるはずです。
さて、それはどこかというと、譜№5に指摘が入りました。もう少し短くそして三半 三の音のうつり代わりを丸くと。
その他にもあるはずですが、残念なことに指摘は一か所のみでした。
今日は、二度とも転句の譜№18の入りの「五」の音程を外しました。
リラックスしてマイペースで吟じたつもりが、適度な緊張すら置き忘れたと
いうことにしておきましょう。
ちょっと反省。ビジターとして生徒になったおかげで自分のことを見直し、
これからの練習への課題を頂きました。ありがとうございました。

お稽古をつけて頂くということは、嬉しく楽しいものですねぇ。
指摘は入れば入るほど、にこにこしてしまいます。

その上、帰りには、とても嬉しくなることを聞きました。
それで、気を取り直して、また明日への力が湧いてきます。
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須藤論語素読の会 三字経

2024年06月05日 | 詩吟
宗代の王伯厚の表した「三字経」
  ー歴史的な事実を三字一句として叙述したものーを学びます。
  
   
                編集 酒井しをり
                揮毫 太田順子
   あとがきより ≪大修館書店HP『漢字文化資料館』加藤敏先生の
           三字経訓読に学び、須藤明実が一行意訳を添えさせて
           頂きました。

        

送り仮名が左に書いてあるのは、須藤先生の考えによります。
右にかながあると、それに目が行って漢字が入ってこないから、あくまでも
かなは参考にしましょう。と。


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山中問答

2024年06月05日 | 詩吟
須藤論語素読の会 愛宕会場今日のテーマは「三字経」

そして、その講座が始まる前に、「山中問答」を取りあげて、解説を頂きました。
そしてそのご私の吟詠を聞いていただきました。

桃の花桃源郷をあらわすとは思わなかった、そして、李白の理想郷とはどんなものであったろうか。
陶淵明の桃花源記は、桃源郷の言葉から想起するこの世ならざるものではなかったこと、
どんどん、須藤世界が広がって、あれ?今はどこ?になって時々置いてけぼりになる。
それほどに、次から次へと思いのひろがる須藤先生の読み解きでありました。
先生の言葉をここに私の筆力では書きおおせません。。。


この山中問答は、足利市雲美術館に巨大な掛け軸となって展示されておりました。
それを見た須藤先生の解説が始まり、目を見張りながらのひと時を過ごしました。

それがきっかけで、それ以後の論語素読の会の前に、須藤先生の選んだ漢詩を
一吟させて頂くと言う事が、決まりごととなりました。

その、山中問答の書との出会いがあったおかげで、今の須藤論語と私たち詩吟
仲間とのつながりがさらに深くなりました。
 
学問として頭で考えることと、もっと心に引き寄せた学びと解釈で漢詩と友達
になることを知り、自在な感性を養うことが、始まりました。
私自身がそのように漢詩と遊べるようになるにはあとどのくらいの時間が必要
なのかなぁ、と。          
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初めのころ

2024年06月01日 | 詩吟
一人でも詩吟を聞いたことがあるという人を増やす。
それが役目と思っていました。
余りに、詩吟を知らない人が居て、先ず、習うとか習わないとかの前に、詩吟を
聞いてもらって『聞いたことが無い」という人を一人ずつ減らすのだと。

そんなささやかな思いでいたことを今日、思い出す機会がありました。
そうよねぇ。
その考え方が膨らんできて、芦孝会の幹事の仕事をするようになり、夢中で
すごしてきました。
今の私と、その頃の私と、どちらが大それたことを思っているのか、あっち側と
こっち側とで、評価が180度変わります。

でもね、つい最近あっち側とかこっち側とか区別をしないと決めたのだから。
無理をしないで楽しく携われることをすればよい。

芦孝会に所属して、責任を果たすなんてことを言わないで、私の出来ることを
無理をせずに続けていればいいのです。
肩肘を張らないで、詩吟体操の理想体型のままに日々を続けることです。
 
一回りして、螺旋の一段上に出てきたのかな。

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夢松風土曜日教室

2024年06月01日 | 詩吟
ビジターお迎え2回目と期待しましたが、残念ながら、今日はいらっしゃいませんでした。
Yさんも、期待していたようでした。
ぜひ来てくださいとお伝えくださいと言付かりました。
私よりも年上の女性の優しい吟詠を間近で聞いて、「吟詠」とは?に目覚めた様子。

今日の、課題は、「塾生に示す」廣瀬淡窓
学生時代、部詩の如くに何度も何度も吟じました。
学びと切磋琢磨、そして苦学生とまではいかなくてもちょっぴり制限のある
中で続けてきた吟詩部の強烈な思いがこもっています。
それは、私の胸の中にだけ納めて、廣瀬淡窓のいうところの共に学ぶ感慨を
表現しましょう。
そして、吟詠に慣れたら、自分自身の思いを投影し、関吟流を詠いましょう。


譜№7と譜№4 との違いを話しました。

話をしながら、あれ?以前は明らかに違うと思い、明らかに違って吟じていた
そう思っていましたが、なんだかおかしい。
違いますよと言いながら、そのお手本を明確に示しているだろうか、そして
説明の言葉が正しく伝わっているだろうか。

こんな、初めての不安を覚える。
まず、衰えたのかと思う、いや、自分の本当の姿が見えてきたのかもとも思う。

この不安感を募らせるはじまりは強烈に伝わって来たある「怒り」のパンチの
せいだと思いたいのですが。。。

これまでダメージを受けないよう距離をとって、自分の不得意をうまく避けて
きたつもりだったけど、その距離感の目測を誤ったようです。

危ない危ない、一歩後退して、私の不得意分野に足を踏み入れないようにと、
戒める。
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