風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

仕事

2007年08月22日 | 風のこたろう裏日記
先週末に面接して、採用が決まりました。
今日、書類が配達証明付で送られてきて、30日までに送り返すようにとの指示がありました。

すべての書類を書き終えたのですが、最後の今井の書類はバスの距離証明が残っています。
各路線の営業所に行って出してもらわねばなら無いため、1時間をかけて出鰍ッねばなりません。
明日朝、出勤時間に合わせて、試してないもう一つの経路ををたどっていってみることにしましょう。
それによって、バスの出発地点を変えねばなりませんから。

仕事がどんどん近づいてくる。
うれしい様な、困ったような。

私が働くことについて、夫は何らかの不安を抱えて出鰍ッたと思っていたのですが、「前向きな新しいスタート」と評し、応援するとメールが来ました。

夫が、私の採用の話を知ったのが、成田行き電車の駅に向かっている車中のこと、駅に着いたら、ホーム直行のエレベーターができていて、重い荷物も一人で大丈夫と安心したり、超過料金はどのくらい取られるだろうと思ったりしていたので、向こうに行って一段落してやっと私の一人生活のことを考えたらしい。
留守宅のことに言及できると言うことは、夫も、新しい職場に定位置を見つけどっかりと腰をすえたと言うことなのだろう。

娘たちのことも、思い煩うことがなくなり、あとは仕事の成果を出すことに集中できるようになったねと、思ったことでした。

あちらでは、いろんな人が、プライベートに夫のことを心配し、支えてくれているようです。
4年間のUB生活がそのようにして生きていて、私としても安心して留守宅を守っていられます。
ほどほどに、他人様の中に立ち混じっていることは、いろんな面で、活性化されることでしょう。
まだ、頼りにされることがうれしくて楽しみです。

この家に引っ越してきて、20年、初めての一人暮らしですから、何かと、娘たちが心配をしてくれています。
娘たちからは心配をしてもらう立場になったのねぇ。
こんな日が、思いがけず早く来たのに、驚いている次第。

まだまだ、私が心配をする種はあるけれど、持ちつ持たれつ、日々をすごしたいものです。
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完全復調か

2007年08月14日 | チンゲル亭裏日記
結構時間がかかりましたが、夫は昨夜より、普通に戻りました。
チケットが取れ次第いつでも帰れるように、スーパーで食材を集めました。
今回は、味噌汁は自分で作ると張り切っており、お出し入り味噌を買いました。
ズー○○ラのお店にも、キャベツ位はあるようで、それを具にするといっておりました。
おまじない代わりに、蜆の味噌汁をもっていく?と言ったら、それはいらないとの事。

帰国前に、エブリデイというスーパーに大量に日本食が入ったと聞きました。暇が無くて、見にいけなかったのですが、また、こうして主人が一人で来ると分かっていたら、無理をしてもリサーチをしにいったのに。
どんな食材があるのかしら?

圧力鍋でご飯を炊いて、大盛り一膳入る容器を買い込んで、冷凍しておくそうです。

なんだか、おなかがすいたのをまかなうだけの食事になりそうで、浮「ものがあります。
同僚で料理の上手な方がいらっしゃるとかで、たまには、ご馳走になれるようです。
UBに帰ったら、いわずと知れた「さくら」で、マスターとの会話を楽しみながら、日本食を食べることができるので、体調をよく見ながらすごして欲しいものです。
今回は、タイミングがよかったのですが、もし、何か異常を感じたら、ぶっちぎりで帰国をするように、くれぐれも言いたいのです。


例年の岡山の白桃が届き、今年は堪能することができ、モンゴルでは味わえないものを、できるだけ食べていって欲しいと思います。

今年は、おいしい!といって見せる笑顔が、そばに居ないので、なんだか、いつもの白桃の大人食い?をしている感覚が無くて、味がいまいち。
白桃は、丹精された大粒のもので、雨にあわなかった分、味が濃くおいしくそだって居るのですが、なんだか、食が進まない。

おいしいもの大好き娘が、居ないとこうも食べるのに味気なく食が進まないとはねぇ。
これにも、慣れてゆかねばならないのです。
時ならぬ時に、鼓太郎が、「にゃぁ↑、にゃあ↓」と、物問いたげに鳴いておりますが、なぐさめてくれているのかにゃ?

そんな時、ふるさとの友達から、残暑見舞いの携帯メール、ありがたきかな!
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会話

2007年08月13日 | 風のこたろう裏日記
黙って、柔らかご飯を作るだけで、会話もない静かな時間がすぎていました。
お陰で、出鰍ッる用事も作らないし、本を読む時間がたっぷり有り、夫は、体調が悪いのを差し引いても、自分だけに向けて費やされる時間を結構楽しんで、喜んでいるようです。

会話も無いというと、口も利けないほどの重症ではなく、夫の常として少しでも体調の悪いときは、じっと静かに発信も受信もしない状態になります。さながら、鼓太郎が体調の悪いときと同じに、静かにじっと時をやり過ごし、自然治癒力を最大に発揮して、快方に向かうのを待つの態なのです。
娘からの電話と分かった時点で、胸の前でバッテンをして、私が目で尋ねる前から、悪いけれど電話には出られないよと合図を送ってくる。

そういうときに、夫としては、どうしてもかけておかなければならない電話がありました。
今までの、様子と打って変わって、元気に明るく電話している様子を見て、「愛」だなぁと、感じ入る場面がありました。
帰国前日に、夫の代筆と言うかたちで送ったと思っていたメールが発信されていれば、その電話は、わざわざしなくても、よかったことなのにこんなことをミスしてしまうのには、自分にがっかりしているところです。
夫は、そのメールの送信いかんにかかわらず、かけなければならない電話と考えて、したのでした。

私だけではなく家族のためにあくまでも、やさしさを発揮する夫でありました。
深い愛情の発露であったことを感じました。

家族として、家を離れても、距離が離れた分愛情の及ぶ距離をどこまでも伸ばしていける夫でありました。


さて、ちょうど、一週間前に帰国した夫でした、当初は、二日後の便で帰りたいと強く願っていたのですが、諸事情で足止めを食っています。
お陰で、体調もほぼ元通りになり、涼しいモンゴルへ帰っていくのであれば、心配のない状態になりました。

少しずつ、会話も弾み始めました。
お互いが元気で居ると、主張が過ぎて、ぶつ切れの会話になるところなのですが。
「たまには、こんな日もよいものねぇ。」と、言う言葉は、病気になるのも良いと間違うといけないので、胸に飲み込んで、ご機嫌な笑顔だけにしています。
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一人足りなかった人が

2007年08月10日 | チンゲル亭裏日記

予定通り6日夕刻の便で帰ってきました。
それ以外の情報は、8日の便で帰るかも知れないというものでした。

ところが、夏ばてをバッグに忍ばせていたらしく、帰国当日の夕食は普通に食べ、夜中から、体調不良に。

暑さにはめっぽう強いはずの夫が、初めてことで、一番本人がショックを受けているみたい。
この暑い中を出鰍ッるのも大変だし、もともと外出の好きではない夫にとっては、女房が一生懸命献立を立てて三度の食事を、まじめに作ってくれるものだから、一番よい夏休みではないかしら?
とはいえ、体調が悪いのを差し引きしたら、やはりマイナスでしょうねぇ。。。

朝は、涼しい我が家も、西日が射す頃になると、うだるようになる。
その温度計のバロメーターのように、元気になったかと思えた夫が青菜に塩状態になり、やはり、暑さが原因と言うことがよくわかる。
けれど、日々、顔色が戻ってきて、少しずつよいほうに向かっているが、これで、とんぼ返りなどしていたら、どんなことになったことやら。

本人の自覚なしに、いろいろと気を使い、食事もままならない状態では、見えない疲労が溜まっていたのでしょう。
よい、夏休みをもらったつもりで、私も外出を控えて、なるべく涼しくしてすごしています。
辰巳良子さんの命のスープを試すチャンスと、まず、ニンジンのスープから試したのですが、牛乳や生クリームを使えないので、ニンジンのャ^ージュと言うより離乳食になった。
脂ものは一切欲しくないと言うので、結局は、おかゆと、蜆の味噌汁、繊維画おなかを刺激するかもしれないと心配したのですが、温野菜はおいしいと言ってパクパク食べてくれました。

新鮮な野菜を見つけて、ゆでればよいのだから、とっても楽。
あれこれと味付けはいらない、野菜本来の甘さが分かる人だから。
飽きるまで、柔らかご飯と、温野菜を作り続けよう。そろそろ、納豆を食べたいと言い出したので、買ってきました。。

鼓太郎も、置いてけぼりにならないので、ごきげんで、
話しかけるように鳴いては、私たちを楽しませてくれています。

何かのめぐり合わせで、休養できていることに感謝。
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一人足りないけれど幸せな時間

2007年08月06日 | チンゲル亭裏日記

昨日は、娘夫婦の新居祝いの夕食会に5人が集まりました。
夫は、残念ながら、不在。
まもなく、帰国の予定ですが、とんぼ返りの可能性濃厚です。

二人の娘たちの連れ合いとが、仲良く並んで、美味しそうにお酒を飲んでいる様子を見たら、お酒の好きだった二人のおじいちゃんはどれだけうれしく思うことだろう。

きっと、二人並んで、「よいなぁ」と天国で酒を酌み交わしているだろうか。
その二人を見て、母は、唯一生きて二人の孫を世話した自負を胸に、にこやかにそばに座っているだろうか。
そう、あと二人、娘たちを知る人たち、ひいおばあちゃんと伯母ちゃん。

きっと、私たちのテーブルの周りは、にぎやかに取り囲まれていたことだろう。

娘たちが居なくなった寂しさは、日を追うごとに、何かこのような行事のたびに、薄紙をはぐように(と言うと病気のようだけれど、母としてこれといった仕事が無いと感じるのは、病気と同じとすればこういう表現を使っても良いのかなあ)薄くなってきてるようです。
こうして集まると、やはり母だわと思う発見があって、母として、女同士として未だわたしにできることがあると、感じるからでしょうか。

美味しいワインを頂いて、娘夫婦お勧めの料理を頂いて、一人で飲んだように赤くなって、饒舌になって。。。

はぁー、しあわせ、しあわせ。
何かの時には、すべりこみセーフで間に合う夫なのに、今回は、帰国が間に合わなかった。
残念ねぇ、あなた。
でも、こういうこと、これが始まりで、終わりではないから。
滑り込みセーフでいいから、間に合ってね。
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DVD鑑賞

2007年08月05日 | チンゲル亭裏日記

1本目は、「アンフィニッシュド ライフ」  モーガンフリーマンが渋い。

2本目は、「愛されるためにここにいる」フランス映画 初老の男ともう若くは無いが、まもなく結婚を控えた女性との出会い。
タンゴの教室で、出会い、タンゴを踊る彼らの距離で愛の深まりを知る。
フランス映画は、結末はそれぞれが考えると言う形になっていて、私の結論は、、、

まぁ、どっちでもよいかなぁ。
しょぼくれた男が、恋を知り、職場に犬を連れてくる人生を後悔している女性が登場する。
彼女は、その若くは無い女性との会話を聞いて、彼に助言めいたことをして、帰って行く。

彼の父親が居て、分かれた妻との間の息子も登場する。

それぞれのからみあいで、人生をそれぞれが考える映画である。

初老の恋を、フランス人が映画にすると、しゃれて見えるのは、どうしてかなぁ。
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